
初級6
認知心理学・創造性研究
創造性はどこから来るのか
編集部
「報酬がなくても学習は進むのか?」この問いに迷路実験で挑んだトールマンは、見えない学習が確かに存在することを示しました。
当時の主流であった行動主義では、学習とは刺激と反応の結びつきであり、報酬や強化があることで学習が進むと考えられていました。目に見える行動だけが研究の対象とされていたのです。一方トールマンは、報酬がなくても経験そのものは蓄積されるのではないかと疑問を持ちました。動物はただ刺激に反応するだけでなく、環境全体を把握しているのではないか、そして行動の背後には「内的な表象」がある可能性を考えたのです。
実験では被験体としてネズミを用い、迷路を進んでゴールに到達するという課題を与えました。報酬としてはゴールでえさを与える条件を設定し、迷路での誤りの数や到達のしかたを指標として観察します。ネズミは「毎日報酬あり群」「ずっと報酬なし群」「途中から報酬あり群」の3グループに分けられました。この設計のポイントは、表面上の成績だけでなく、見えない学習が起きているかどうかを確かめる点にあります。
毎日報酬あり群は最初から毎日ゴールでえさを与え続けます。ずっと報酬なし群は最後まで一度もえさを与えません。そして途中から報酬あり群は、10日目まで報酬なしで迷路を経験させ、11日目からえさを与えるという設定です。観察するのは迷路での誤りの数・日ごとの変化・報酬を与えた後の行動の変化です。同じ迷路経験でも、報酬のタイミングによって成績の表れ方が変わるかどうかが、この実験の核心的な問いです。
毎日報酬あり群は試行を重ねるごとに誤りが少しずつ減り、着実に上達しました。ずっと報酬なし群は上達がほとんど見えにくい状態が続きました。しかし最も注目すべきは途中から報酬あり群で、11日目に報酬が与えられた途端、誤りの数が急激に減少しました。これは報酬がなかった期間にも見えない形で学習が進んでおり、報酬が与えられると一気に行動に表れたことを意味します。
潜在学習とは、外から見える成績には表れていなくても、内部では学習が進んでいる状態のことをいいます。報酬がなくても、迷路の構造や道順についての情報は蓄積されます。そして報酬や目的が与えられると、その学習が行動として表れやすくなるのです。この実験は、「学習」と「行動の表れ方」を区別して考えることの重要性を示した点で、心理学に大きな転換をもたらしました。
トールマンは、ネズミが道順を機械的に覚えるだけでなく、迷路全体の関係を把握していると考えました。この心の中の空間的な表象を「認知地図」と呼びます。認知地図があるため、報酬が与えられると適切な道をすばやく選べるようになると説明できます。これはいわば「曲がり方の連続」ではなく「場所の関係」を理解しているイメージであり、目的地までの見通しを持てる状態といえます。
トールマンの研究は、学習が単なる刺激と反応の結びつきだけでは説明できないことを示しました。また、目に見えない内的過程を重視する認知心理学の発展に大きな影響を与えました。さらに「学習」と「成績」を区別する考え方を広め、教育や動機づけの理解にも示唆をもたらしました。行動主義から始まり、トールマンを経て、目に見えない心の働きを重視する学問へと心理学は進化していったのです。
ネズミを用いた迷路実験であるため、人間の学習にそのまま当てはめるには注意が必要です。また、報酬がないと学習していても「やる気」が低く、成績として見えにくい可能性も考えられます。実験室の単純な迷路は、現実の複雑な学習場面とは大きく異なります。潜在学習は重要な概念ですが、すべての学習が同じ仕組みで起こるわけではありません。それでも、学習を「見える行動」だけで判断しない視点と、動機づけと学習を区別して考える手がかりを与えた点は、今も重要な貢献として評価されています。
今回はトールマンの潜在学習実験についてお伝えしました。ネズミは報酬がなくても迷路について学習しており、その学習は報酬が与えられたときに一気に行動へ表れました。この現象を「潜在学習」と呼び、その背景には環境の関係を心の中で表す「認知地図」の考え方があります。学習していても、すぐ成績に出るとは限らない——見えない理解をどう捉えるかが重要であることを、この実験は教えてくれます。