
中級19
現代心理・哲学
なぜ現代人はこんなに不安なのか
編集部
心臓がドキドキするとき、それが「喜び」になるか「恐怖」になるかは何で決まるのか。シャクターとシンガーは1962年、アドレナリン注射と巧みな状況設定によって、感情が身体反応だけでなく「解釈」によって生まれることを実験で明らかにしました。
スタンレー・シャクターとジェローム・シンガーが1962年に発表した情動二要因説とは、感情は「生理的覚醒」と「認知的解釈」という2つの要因から成り立つという理論です。まず、心拍数の上昇や発汗などの生理的な覚醒が起こります。次に、人はその覚醒の原因を周囲の状況や手がかりから判断します。そして、そのラベリング(解釈)によって、喜び・怒り・不安などの具体的な感情が生まれます。
この実験が問いかけた研究課題は「原因不明の生理的覚醒は、周囲の状況によってどの感情として解釈されるのか」というものです。仮説は3点ありました。まず、覚醒の原因が分からないとき、人は環境の手がかりを使います。また、陽気な他者がいれば「楽しい」と解釈しやすくなり、怒った他者がいれば「腹立たしい」と解釈しやすくなります。つまり、生理的覚醒だけでは感情は決まらないと考えられたのです。
実験の対象は主に男子大学生でした。注射条件としては、エピネフリン(アドレナリン)注射とプラセボ注射の2種類が設定されました。エピネフリン群には副作用の説明方法として「正しい説明」「説明なし」「誤った説明」の3条件が用意されました。社会的文脈としては、陽気な協力者が同席する「多幸条件」と怒る協力者が同席する「怒り条件」の2種類が設定され、協力者(サクラ)が感情の手がかりを与える仕掛けになっていました。
実験は5つのステップで進められました。まず、視力への影響を調べるというカバーストーリーで参加者が募集されました。次に、エピネフリンまたはプラセボの注射を受けます。一部の参加者には副作用を正しく説明し、別の参加者には説明なしまたは誤った説明が行われました。その後、待機室でサクラと一緒に過ごし、最後に質問紙や観察によって感情反応が測定されました。原因が不明な覚醒ほど、周囲の手がかりに感情が左右されやすい点がこの実験の核心です。
多幸条件では、協力者(サクラ)が陽気・遊び心・元気なふるまいで参加者に接しました。サクラが楽しそうにふるまうと、参加者は原因不明の覚醒を「楽しい気分」として解釈しやすくなりました。特に、副作用の説明なし・誤説明の群で多幸感が強くみられました。覚醒(アドレナリン投与など)と陽気な状況が組み合わさることで、楽しい感情が生じることが確認されました。
怒り条件では、協力者(サクラ)が質問紙の内容にいら立ち、怒った態度をとりました。この状況に置かれた参加者は、原因不明の覚醒を「怒り」として解釈しやすくなりました。特に、副作用の説明なし・誤説明の群で怒り反応が強くみられました。情動二要因理論の枠組みでは、生理的覚醒にサクラの怒った態度という状況が加わることで、怒りの感情が生まれると説明されます。
結果として、覚醒の原因に関する説明の有無によって、他者の感情表出の影響度が大きく変わりました。他者の感情と一致した程度は、説明なし群が最も高く、次に誤説明群、正しい説明群、プラセボ群の順に低くなりました。覚醒の原因が不明なほど状況の手がかりに依存すること、同じ身体反応でも環境によって感情の種類が変わること、そして結果が情動二要因説を支持することが示されました。「身体反応」と「認知的ラベリング」が感情を形づくるということです。
この実験は、感情が「からだの反応」だけでなく「認知と文脈」によって決まることを示し、心理学に大きな変革をもたらしました。感情研究において認知の役割を強調し、同じ覚醒でも解釈しだいで感情が変わるという重要な知見をもたらしました。また、帰属理論・社会心理学・消費者行動研究にも影響を与え、現代の感情理解においても重要な出発点とされています。たとえば、緊張を「不安」ではなく「やる気」と捉え直す認知的再評価もこの理論と関連しています。
今回はスタンレー・シャクターの情動二要因実験についてお伝えしました。この実験は感情を身体反応だけでなく認知から説明し、社会的手がかりの重要性を示した点で高く評価されています。一方で、追試結果に一貫しない面があることや参加者層が限定的だった点が限界として挙げられます。カバーストーリーやサクラを用いたため倫理的配慮も問われますが、感情は「覚醒」と「解釈」の相互作用で生まれるというTakeawayは、今日の心理学・行動科学に広く受け入れられています。