
初級9
現代史・国際政治
冷戦
編集部
1961年、43歳で史上最年少のアメリカ大統領に就任したジョン・F・ケネディを解説します。ニューフロンティア政策・キューバ危機への対処・宇宙開発の推進・公民権運動への向き合いなど、理想と若さで時代を牽引した第35代大統領の軌跡をたどります。生い立ちと家族・政治家への道・大統領選と就任・ニューフロンティア政策など、10枚のスライドで解説します。
ケネディは1917年にマサチューセッツ州ブルックラインに生まれました。父ジョセフ・P・ケネディと母ローズのもとで育ち、ハーバード大学で学んで国際問題に関心を深めました。第二次世界大戦前から政治と世界情勢に触れていた環境が、後の政治家としての素地を形成しました。
第二次世界大戦で海軍に従軍し、PT-109での行動で注目を集めて英雄として新聞に取り上げられました。1946年に下院議員に当選し、1952年に上院議員となりました。1953年にはジャクリーン・ケネディと結婚しました。
1960年の大統領選でリチャード・ニクソンと対決し、テレビ討論が選挙戦の印象を大きく左右しました。僅差で勝利し、1961年1月20日に第35代大統領に就任して「ニューフロンティア」を掲げました。
経済成長と雇用拡大を重視し、減税や公共事業の拡充によって景気刺激と雇用創出を目指しました。教育・医療・福祉の改善を推進し、発展途上国支援のために平和部隊を創設しました。ただし議会の反対が強く、すべてを実現することはできませんでした。
1961年にキューバ亡命者による上陸作戦を支援しましたが、カストロ政権転覆を狙ったこの作戦は失敗し、アメリカの国際的信頼を傷つけました。ケネディはこれ以後、より慎重な危機管理を求めるようになりました。
1962年にソ連のキューバへの核ミサイル配備が発覚し、アメリカはキューバの海上封鎖で対抗しました。世界は核戦争寸前の緊張に包まれましたが、最終的にソ連が弾道ミサイルを撤去し、アメリカは封鎖を解いて13日間で核戦争を回避しました。
冷戦下でソ連に対抗するため宇宙開発を重視し、1961年に「10年以内に人類を月へ送る」目標を表明しました。NASAへの支援拡大が進み、その後のアポロ計画成功の基礎を築きました。
人種差別が残る南部で公民権運動が拡大する中、政権は公立大学や公共施設での差別是正に対応しました。1963年に公民権法案を提案しましたが、法案の成立は死後となりました。それでも後の改革に大きくつながる先駆けとなりました。
今回はジョン・F・ケネディについてお伝えしました。1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺され、46歳で大統領としての使命を絶たれました。若者・理想・行動力の象徴として記憶されており、冷戦・宇宙開発・公民権への挑戦は今も高く評価されています。