1917年マサチューセッツ州ブルックライン生まれ。父ジョセフ・P・ケネディと母ローズのもとで育つ。ハーバード大学で学び国際問題に関心を深めた。第二次世界大戦前から政治と世界情勢に触れていた。
第二次世界大戦で海軍に従軍。PT-109での行動で注目を集め、英雄として新聞に取り上げられる。1946年に下院議員に当選し、1952年に上院議員となる。1953年にジャクリーン・ケネディと結婚した。
1960年の大統領選でリチャード・ニクソンと対決し、テレビ討論が選挙戦の印象を大きく左右した。僅差で勝利し、第35代大統領に就任。1961年1月20日に就任し「ニューフロンティア」を掲げた。
経済成長と雇用拡大を重視し、減税や公共事業の拡充により景気刺激と雇用創出をめざした。教育・医療・福祉の改善を推進した。発展途上国支援の平和部隊を創設した。ただし議会の反対が強く全ては実現できなかった。
1961年にキューバ亡命者による上陸作戦を支援。カストロ政権転覆を狙ったが失敗し、アメリカの国際的信頼を傷つけた。ケネディは以後より慎重な危機管理を求めるようになった。
1962年にソ連のキューバへの核ミサイル配備が発覚。アメリカはキューバの海上封鎖で対抗した。世界は核戦争寸前の緊張に包まれた。最終的にソ連が弾道ミサイルを撤去し、アメリカは封鎖を解いた。13日間で核戦争を回避した。
冷戦下でソ連に対抗して宇宙開発を重視した。1961年に「10年以内に人類を月へ送る」目標を表明。NASAへの支援拡大が進んだ。その後のアポロ計画成功の基礎を築いた。
人種差別が残る南部で公民権運動が拡大していた。政権は公立大学や公共施設での差別是正に対応した。1963年に公民権法案を提案した。法案成立は死後だったが、後の改革に大きくつながった。
1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。46歳で大統領としての使命を絶たれた。若者・理想・行動力の象徴として記憶される。冷戦・宇宙開発・公民権への挑戦は今も高く評価される。