実はEVの歴史はガソリン車より古く、その起源は19世紀にさかのぼります。1830年代、欧州で電気を使う車両の試作が始まり、ロバート・アンダーソンなどが初期の電動車を考案しました。1859年の鉛蓄電池の発明で実用化への道が開き、1880〜90年代には都市向けの小型EVが登場しました。当時のEVは静かで扱いやすい点が注目されており、新しい移動手段として期待を集めていました。
1900年前後、米国ではEVが自動車市場の一角を占め、都市部で広く使われていました。始動が簡単で振動や騒音が少なく、排気ガスがないため都市部の短距離移動に向いていました。上流層や女性にも「扱いやすい車」として人気があり、ニューヨークでは電気タクシーも実際に運行されていました。「乗りやすさ」では、当時のEVはかなり先進的な存在だったのです。
1910〜1930年代にガソリン車が主流になった理由はいくつかあります。まずフォードの大量生産でガソリン車の価格が大きく下がりました。またセルフスターターの登場でエンジン始動が楽になり、ガソリン車の弱点が解消されました。さらにガソリンスタンド網の拡大で長距離移動にも対応できるようになりました。一方EVは電池が重く短距離しか走れないという弱点を抱えており、価格とインフラの差がEVとガソリン車の勝負を分けた結果となりました。
主流はガソリン車になりましたが、EV研究は各地で細く続いていました。工場・配達・短距離運搬などの用途では電動車が実際に使われ続けました。英国ではミルクフロートと呼ばれる牛乳配達用電動車が広く普及し、実用例として知られています。ただし電池性能の限界が大きな壁となっており、「短距離・限定用途」がこの時代のEVの活躍の場でした。技術の火は消えることなく、次の時代への準備が続けられていたのです。
1970年代のオイルショックで省エネ需要への関心が高まり、EVが再び注目を集めました。都市の大気汚染対策でもEVが見直され、各国メーカーが試作EVを開発しました。1990年代には規制強化によるゼロ排出車の研究が進み、政策がEV復活のきっかけになりました。ただし価格・性能・充電インフラの課題はまだ大きく、社会的危機や規制がEV復活の契機となりながらも、普及にはまだ長い道のりが残っていました。
1990年代後半から2000年代にかけて、EV普及の土台が整い始めました。まずリチウムイオン電池の進歩でエネルギー密度・充電速度・コストが大きく改善しました。また電力制御・パワーエレクトロニクス技術の発達で効率と安全性が高まりました。さらに補助金・税制優遇・排出規制など環境政策が市場形成と投資拡大を後押しし、ハイブリッド車の普及が電動化への理解を広げました。ブレークスルーは1つではなく、「技術+制度」の組み合わせがEVを「実験」から「事業」へと変えていったのです。
2008年にテスラ・ロードスターが高性能EVとして注目を集め、EVのイメージが大きく変わりました。その後、長距離走行できるEVが次々と登場し、2010年には日産リーフが量産EVとして市場に登場しました。急速充電網の整備が使いやすさをさらに高め、EVは「特別な車」から「現実的な選択肢」へと変化していきました。性能・デザイン・ブランド力の向上が、EVへの社会的な関心を一気に広げたのです。
2020年代に入り、中国・欧州・米国を中心にEV販売が急拡大しています。各国政府が補助金や規制で普及を後押しし、多くの自動車メーカーがEVシフトを宣言しました。一方で充電インフラの整備不足、リチウム・ニッケルなどの資源確保、車両価格の高さといった課題も残っています。EV競争は技術だけでなく、サプライチェーンと政策の競争でもあり、今のEV競争は「車」だけでなく「産業全体」の競争となっています。
EVは19世紀に誕生し、何度も注目と衰退を繰り返してきました。普及を左右したのは、電池・価格・インフラ・政策という条件の組み合わせでした。21世紀は環境問題と技術進歩が大きな追い風となり、全固体電池や再生可能エネルギーとの連携、V2H(Vehicle to Home)が次の焦点になっています。EVの歴史は「技術と社会が一緒に進化する」ことを示しており、EVの未来は車そのものだけでなく、社会インフラとの統合にあります。今回は電気自動車の歴史についてお伝えしました。