「恐れるべきは恐れそのものである」と国民に語りかけ、世界恐慌の底からアメリカを引き上げたFDR。ニューディール政策の断行、ラジオを駆使した民主主義的リーダーシップ、そして第二次世界大戦での連合国主導まで、危機の時代の大統領の全貌を図解で学ぶ。
名門出身の青年が全国政治へ進むまで。1882年ニューヨーク州ハイドパークで誕生。ハーバード大学で学び法学も修めた。1910年にニューヨーク州議会議員となる。海軍次官補→ニューヨーク州知事を経て全国的な指導者になった。「人の役に立つには、まず地域に根差し、経験を積むことが必要だ。」
ポリオを乗り越えて強い指導者へ。1921年にポリオを発症し歩行に大きな障害が残った。長いリハビリを経て精神的にも大きく成長した。温泉療養施設ウォームスプリングスに通い多くの障害者を支えた。困難を経験したことで人々の苦しみに寄り添う姿勢が備わった。「苦しみを知る者こそ、人々の苦しみに寄り添うことができる。」
不安と失業が広がるアメリカを立て直す。1929年の世界恐慌で失業と倒産が急増し、失業率は約25%まで上昇した。銀行の破たんが相次ぎ社会不安が深刻化。1933年に大統領へ就任し迅速な対応を開始した。就任演説での「恐れるべきは恐れそのものである」という言葉で国民を鼓舞した。
救済・回復・改革の3つの柱。救済(人々の生活を守る):失業者・困窮者への緊急支援、公共事業への参加、CCC(市民保全部隊)。回復(経済を立て直す):農業価格支援、AAA(農業調整法)・NIRA(全国産業復興法)・TVA(テネシー川流域開発公社)。改革(安定した社会をつくる):金融規制の強化、FDIC(連邦預金保険公社)の設立、政府役割の拡大。
ラジオ演説(炉辺談話、Fireside chats)で国民に安心を届けた。政策を分かりやすく説明し、専門的内容を家庭の言葉で語りかけた。親しみやすい語り口で国民の信頼を得た。危機の中でも希望を伝え、不安定な時代に国民と同じ目線で解決策を語った。メディアを使った政治コミュニケーションの先駆けとなった。ルーズベルトのリーダーシップは今も民主主義の規範とされる。
現代アメリカ社会の土台をつくる。1935年に社会保障法が成立した。高齢者や失業者を支える仕組みが整えられた。労働者の団結権や交渉権が強化された。最低賃金や労働時間の基準整備も進んだ。「国民の安心と、働く人々の尊厳を守ることが、真の強い国家をつくる。」
アメリカを連合国の中心へ導く。当初は参戦前に武器供与や支援を進めた。真珠湾攻撃後にアメリカは本格参戦した。アメリカを「民主主義の兵器廠」として動員した。連合国の勝利に向けて大きな役割を果たした。「私たちは、自由のために、すべての資源を結集しなければならない。」
チャーチル、スターリンらと戦後構想を議論。英国のチャーチルと緊密に協力した。ソ連のスターリンとも会談し対独戦略を調整した。重要会議(ヤルタ会談など)で戦後世界の枠組みを話し合った。国際協調の考え方は国際連合の誕生につながった。「力による支配ではなく、協力によって平和を築く。」
危機の時代に国家を導いた長期政権の大統領。世界恐慌への対応で政府の役割を広げた。ニューディールで社会と経済の再建を進めた。第二次世界大戦での連合国を支えた。4期務めた唯一のアメリカ大統領。一方で政権権力拡大への批判もある。キーワード:ニューディール、社会保障、炉辺談話、第二次世界大戦。