1920年代の繁栄とバブルの拡大。株式市場の活況(株価が右上がりで急上昇)、大量生産の拡大(フォードなどで大量生産と大量消費が広がる)、信用の拡大(ローンの普及で自動車などが気軽に買えた)、過熱するバブル(株が実力以上に上昇し投機ムードが広がる)。好景気:アメリカでは大量生産と大量消費が進んだ。投機の拡大:借金を使う人が増え株価が実態以上に上昇。不安定な土台:所得格差や農業不況など見えない問題が広がっていた。好景気の裏で、崩れやすいバブルがふくらんでいた。
1929年の株価大暴落。1929年10月24日(暗黒の木曜日)に株価が急落し、パニックな売りが連鎖した。不安が全国へ拡大し市場はほぼ機能停止となった。暗黒の木曜日:1929年10月24日に株価が急落。連鎖的な売り:不安が広がり、多くの投資家が一斉に売った。信頼の崩壊:市場心理が一気に冷え込み、経済全体が崩れ始めた。株価の暴落が、経済全体の危機の出発点になった。
なぜ金融システムがまひしたのか。預金の引き出しが急増→銀行が次々と破綻→貸し出しが停止→お金の流れが枯渇。銀行破綻:株価下落で損失が広がり銀行が次々と破綻した。取り付け騒ぎ:預金者が不安になり預金を一斉に引き出した。信用収縮:貸し出しが減り企業や家計にお金が回らなくなった。お金の流れが止まり、不況がさらに深刻化した。
実体経済に広がった深刻な打撃。工場の操業低下→企業の倒産→店舗の閉鎖→大量失業へと連鎖した。生産の縮小:売れ行き悪化で工場の稼働率が低下。失業の増加:解雇が相次ぎ、多くの人が仕事を失った。悪循環:消費が落ち込みさらに企業収益が悪化した。不況は産業と雇用を直撃し、生活を苦しくした。
なぜアメリカの危機が各国に波及したのか。アメリカの危機はヨーロッパ・アジア・アフリカ・中南米へと連鎖した。①国際金融:アメリカの資金引き上げで各国経済も打撃を受けた。②貿易の縮小:保護貿易の広がりで世界貿易が落ち込んだ。③世界恐慌へ:不況が国境を越えて連鎖的に拡大した。世界経済がつながっていたため、危機も世界規模になった。
貧困と不安が社会に広がった。仕事がなく収入が減り、職業紹介所に多数の求職者が並んだ。食料や住まいに困り、慈善活動や給食所が広がった。生活苦:収入減少や失業で日々の暮らしが苦しくなった。貧困の拡大:食料や住まいにも困る人が増えた。社会不安:将来への不安や不満が社会全体に広がった。経済危機は、人々の生活そのものを揺るがした。
不況はなぜ政治を不安定にしたのか。経済不況(失業の増加・収入の減少・生活の苦しさ)が引き起こした変化:①不満の高まり(失業と貧困が政治への不信を強めた)、②極端な動き(強い指導者や急進的な主張「国民を守る!秩序を取り戻す!変革を今すぐ!」が支持を集めた)、③国際緊張(各国の対立が深まり、後の戦争にもつながった)。経済不況は、政治と国際秩序にも大きな影響を与えた。
不況を立て直すために何をしたのか。政府による積極的な経済対策:公共事業の拡大(道路・ダムを整備し雇用を創出)、金融制度の立て直し(銀行の再建や預金保護を強化)、規制強化と監視強化(証券取引のルールを整え不正行為を防止)。アメリカではルーズベルト大統領がニューディール政策(1933年〜)を実施。ニューディール政策:公共事業や雇用創出で景気回復を目指した。金融の安定化:銀行制度の立て直しや規制強化が進んだ。各国の対応:政策は異なったが、国家が経済に積極的に関わる流れが強まった。
現代にも通じる重要な教訓。好景気・過熱→バブル崩壊→銀行危機→失業の拡大→政策対応→教訓を未来へ。①市場の過熱に注意:バブルは大きな失業を生む。②金融の安定が重要:銀行の信頼の仕組みが土台。③社会への配慮:不況対策では暮らしを守ることも欠かせない。④世界はつながっている:一国の危機が世界に波及することがある。まとめ:世界恐慌は、経済・社会・政治のつながりを教える重要な歴史である。