19世紀末、蒸気機関・内燃エンジン・道路整備が重なり、新たな産業が生まれた。手工業による少量生産からスタートし、熟練職人が一台ずつ組み立てる時代だった。高価で富裕層しか手が届かなかった自動車は、やがて大量生産の登場で劇的に変わっていく。
ヘンリー・フォードは標準化と流れ作業(コンベア生産)を導入し、T型フォードを大衆向け商品に変えた。1908年の価格は約850ドルだったが、1925年には約260ドルまで下落。生産性を劇的に高め、労働者自身が自動車を買えるほど賃金も引き上げた。
自動車の普及は社会を大きく変えた。移動の自由が広がり、石油・鉄鋼の需要が拡大。郊外地・道路・ガソリンスタンドが整備され、物流・観光産業が発展した。一方で交通事故や大気汚染・騒音といった課題も生じ、規制や都市計画の見直しが求められるようになった。
戦後日本のトヨタは、米国式大量生産をそのまま真似せず、多品種少量生産に対応する独自方式を開発した。「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」つくるという考え方のもと、ムダをなくし、品質を工程で作り込む仕組みを築き上げた。
二本柱はジャストインタイム(JIT)と自働化(にんべんのついた自動化)。かんばん方式で工程間の部品流れを制御し、カイゼン活動で継続的に改善。生産量を平準化し、異常が発生したら即停止して根本原因を取り除く文化を徹底した。
1990年代にMITの研究者がトヨタ方式を「リーン生産」と命名し、世界の製造業に広まった。フォード方式が大規模設備・大量在庫・専門分業を特徴とするのに対し、リーン生産は小ロット・在庫最小化・多能工・継続改善を重視。自動車以外の産業にも波及した。
1970年代の石油危機を機に燃費改善が急務となり、排出ガス規制も強化された。トヨタはプリウス(1997年)でハイブリッド技術を実用化し、エンジンとモーターを組み合わせた低燃費・低排出の新市場を切り拓いた。欧米メーカーも相次いでハイブリッド車を市場投入した。
脱炭素の国際的潮流と電池コストの低下がEV普及を加速。テスラが高性能EVで市場を牽引し、既存メーカーも大規模なEVシフトを進める。自動車はソフトウェアで制御される「動くコンピュータ」へ変貌しつつあり、充電インフラの整備や電池リサイクルが新たな課題となっている。
自動車産業はフォードの大量生産革命(20世紀初頭)→トヨタのリーン生産方式(戦後〜1980年代)→電動化・ソフトウェア化のEV時代(現在)という三つの大変革を経てきた。ものづくりの革新は常に社会・経済・環境の課題と絡み合いながら進化し続けている。