地理・立地が、閉鎖的で軍事的な社会を育てた。要点:I ペロポネソス半島南部のラコニア地方に位置した。II エウロタス川流域の平野が農業を支えた。III 周囲を山に囲まれ、外部からやや孤立しやすかった。IV 近隣のメッセニア支配が国力拡大の鍵となった。都市の性格の違い:海洋国家アテネ(海に開かれ文化・商業が発達、多くの人と文化を受け入れる、民主政治と知識・発明が豊富)vs 内陸・軍事国家スパルタ(閉鎖的で外部との交流が限定的、農業と軍事に特化した社会、厳格な規律と集団的訓練が基本)。なぜ重要か:地理的条件が独立性・防衛性・農業基盤を生み、スパルタの性格を形づくった。山に守られた土地が、強靭な戦士国家スパルタを生んだ。
王政・長老会・監督官が支えた独特の混合政体。スパルタの政治体制:双王制(2人の王が軍事指揮と祭祀を担う)、長老会ゲルーシア(60歳以上の長老28人で構成し重要政策や裁判を決定)、民会アペラ(30歳以上の男性市民で構成し法律や戦争の可否を承認)、監督官エフォロイ(毎年選出される5人の官職で王を含む全ての権力を監視)。制度の特徴:1 2人の王が軍事と祭祀を担った。2 長老会が重要政策や裁判を左右した。3 民会は市民による承認機関として機能した。4 5人の監督官が王も監視した。リュクルゴス伝承:スパルタの制度は伝説上の立法者リュクルゴスに結びつけて語られる。秩序と規律によって維持された、スパルタ独自の政治体制。
幼少期から共同生活と厳しい訓練で規律を身につけた。7歳:家族を離れ集団教育へ。12歳頃:忍耐・節制・体力訓練が強まる。18歳頃:軍事訓練と試練の色彩が濃くなる。20歳以降:兵士として共同食事に参加。30歳:一人前の市民として政治参加。アゴゲーの目的:1 忠誠心を育てる。2 身体能力と戦闘力を高める。3 個人より共同体を優先させる。実際には諸説があるが、厳格な教育制度はスパルタの象徴として語り継がれている。武をもって国家を支え、規律をもって民を鍛えたスパルタ。
重装歩兵の密集隊形と徹底した規律が強さの源だった。ファランクス(密集隊形)のしくみ:数十人の縦列が連なり城壁をつくる。前列は盾で身体を守る。盾を右方に突き出し隣を盾で覆う。隊列を縮め一体となって前進。強さのポイント:1 密集隊形で守りを固める。2 市民全員が軍事訓練を受けた。3 共同食事(シュシュティア)が結束を高めた。4 退却を恥とする強固な精神力が士気を支えた。装備(ホプリトスの基本装備):盾アスピス(青銅の大盾)、兜コリントス(青銅の兜で顔を覆う)、胸甲(胸腹部を保護)、脚甲クネミデス(青銅製で脚部を保護)、すね当て(全ての脚部を保護)。個の勇敢さより、隊列を守る規律が重要だった。規律こそが、スパルタを最強の軍にした。
市民戦士の裏側には、被支配民の労働に支えられた社会があった。スパルタの社会構造:スパルタ市民(政治と軍事を担う)、ペリオイコイ(自由民として商工業を担う)、ヘイロータイ(土地に結びつけられた被支配民で農業を担う)。スパルタの強さは、支配構造の上に成り立っていた。経済の特徴:1 市民は労働より軍務を優先した。2 農業生産の多くをヘイロータイに依存。3 被支配民の反乱は常に脅威だった。4 強い軍事国家は不安定さも抱えていた。支配は秩序を生む、恐れも生む。
古代ギリシャでは比較的高い自由を持った女性たち。特徴:1 女性も身体鍛錬を行った。2 他ポリスより財産相続の余地が大きかった。3 家の管理や土地経営に関わることがあった。4 強い子を産み育てる役割が重視された。スパルタ女性とアテネ女性の比較:外出の自由(スパルタ=比較的高い、アテネ=限定的)、身体教育(スパルタ=あり、アテネ=ほぼなし)、財産への関与(スパルタ=比較的大きい、アテネ=小さい)。ただし自由の背景には、国家の軍事目的に奉仕する価値観もあった。強いスパルタは、家庭の支えと女性たちの力によっても築かれていた。
レオニダス王と少数精鋭が、スパルタの名声を決定づけた。戦いの概要:1 紀元前480年、ペルシア戦争の局面。2 狭い地形を利用して防衛した。3 レオニダス王と「300人」の物語で有名。4 敗北したが、勇気と犠牲の象徴になった。テルモピュライの地形:山と海に挟まれた狭い道が、少数の軍勢でも大軍を防ぐことを可能にした。歴史的意義:1 ギリシャ諸ポリスの抵抗精神を示した。2 スパルタの軍事的名声を高めた。3 後世の英雄像として語り継がれた。「敗れてなお、その姿が記憶された戦い。」勇気は勝利以上に、未来を動かす。
アテネに勝利したが、支配は長く続かなかった。開戦(前431):アテネとスパルタの対立が決定的に。シシリア遠征後の形勢変化:アテネの大敗により、戦局がスパルタ有利に。アテネ降伏(前404):長い戦いの末アテネが投降し海上帝国は崩壊へ。スパルタ覇権:ギリシャ世界の主導権を掌握。アテネとスパルタの対立構造:アテネ(海軍・民主政・海上帝国)vs スパルタ(陸軍・寡頭的体制・同盟主導)。この戦争でわかること:1 長期戦がギリシャ世界全体を疲弊させた。2 スパルタはペルシアの支援も受けて勝利した。3 勝利後は各地支配で反発を招いた。4 覇権国家となっても安定は難しかった。勝者となったスパルタも、戦後秩序を長く維持できなかった。勝利は終わりではなく、次の混乱の始まりだった。
最強の軍事国家はなぜ衰え、何を後世に残したのか。衰退の過程:市民数の減少→硬直化した制度→レウクトラの敗北(前371)→覇権の終焉。衰退の要因:1 市民階層の縮小。2 富の偏在と社会の硬直化。3 ヘイロータイ支配への依存。4 テーベへの敗北で軍事的優位が崩れた。スパルタが残したもの:1 規律と共同体意識の象徴。2 テルモピュライに代表される英雄像。3 古代ギリシャ多様性の一例。4 近代まで続く「スパルタ的」という言葉。スパルタは、強さと脆さをあわせ持つ国家だった。