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全能の逆説
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思考実験・哲学的論理

全能の逆説

編集部

「神や全能者は、自分でも持ち上げられない石を作れるか?」——この単純な問いが全能という概念に潜む根本矛盾を照らし出します。YESでもNOでも矛盾が生じるこの逆説を入口に、論理・言語・存在の関係を深く問い直す哲学の醍醐味が体験できます。

本スライドは一次資料をもとに運営者が企画・監修し、AIツールを制作補助として活用したオリジナルの教養コンテンツです。
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01全能の逆説

「神や全能者は、自分でも持ち上げられない石を作れるか?」——この単純な問いが全能という概念に潜む根本矛盾を照らし出します。

02「全能」の基本イメージ

「全能」とは一般に「何でもできる能力」を指し、宗教・哲学では神の属性として語られてきました。しかし問題は「何でも」の範囲をどう定義するかにあります。論理的に矛盾する行為もできるのか、それとも論理的に成立することしかできないのかという問いが生じます。この定義の曖昧さから、全能の逆説が生まれてきます。

03逆説の核心

全能の逆説の核心は、「全能者は、自分でも持ち上げられない石を作れるか?」という問いにあります。この問いに対してYESと答えても、NOと答えても矛盾が生じます。YESなら自分で持ち上げられないものが存在することになり、NOなら作れないものが存在することになります。どちらに答えても論理的な困難が生じる点に、この逆説の面白さがあります。

04「作れる」と答える場合

「作れる(YES)」と答えると、全能者は確かに「持ち上げられない石」を作り出せたことになります。しかしその石を自分では持ち上げられません。すると「持ち上げられない」という「できないこと」が生まれてしまいます。よって全能者は全能ではないように見え、YESと答えることで全能性が否定される矛盾が生じます。

05「作れない」と答える場合

「作れない(NO)」と答えると、全能者には最初から「作れないもの」が存在することになります。すると最初から「できないこと」があるということになり、やはり全能ではないように見えます。YESでもNOでも「できないこと」が生まれてしまうため、どちらに答えても全能性を保つことが難しくなります。

06なぜ矛盾が起こるのか

矛盾が起こる理由は、この逆説が自己矛盾した課題を課しているからです。「全能者でも持ち上げられない石」という概念は、定義上矛盾した対象です。言葉としては意味があるように見えても、概念としては論理的に不安定であり、矛盾律を無視すると混乱が生じます。逆説の問いかけ自体が、論理の限界を踏み越えているのです。

07有力な応答

この逆説に対する有力な応答は、「全能とは論理的に可能なことをすべてできることだ」という考え方です。「丸い四角」のような論理的に矛盾する対象は、そもそも「対象」として成立しません。したがって逆説は「全能者にできないことがある」のではなく、「そもそも意味をなさない問い」だと考えます。この立場はトマス・アクィナスをはじめ、神学・哲学で広く支持されています。

08哲学・神学への広がり

全能の逆説は、神の性質をどう定義するかを精密に問う機会を与えます。また言語・論理・存在の関係を問い直し、「できる」とはそもそも何を意味するのかという問いを深めます。単なる言葉遊びではなく、概念分析の訓練として哲学・神学の双方に大きな影響を与えてきました。

09関連する問い・バリエーション

全能の逆説と似た構造を持つ問いは他にも存在します。「神は自分を消滅させられるか?」「神は罪を犯せるか?」「神は2+2=5を真にできるか?」などがその例です。これらすべての共通点は、論理法則や自己矛盾との衝突にあります。こうした問いは、全能という概念の限界を様々な角度から照らし出します。

10まとめ

今回は全能の逆説についてお伝えしました。YESでも NOでも矛盾が生じるこの逆説は、「全能」という概念の境界を明らかにし、定義の見直しを迫ります。有力な立場は「全能=論理的可能性の範囲」と考えるもので、神学・哲学で広く受け入れられています。思考実験の価値は言葉と論理を深く検討させる点にあり、「できる」とは何かという根本的な問いを私たちに投げかけます。

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