フランス革命期から皇帝へ、そして世界史に残る英雄。4つのキーポイント:1769年コルシカ島生まれ、1804年皇帝に即位、1815年ワーテルローで敗北、民法典に大きな影響。1769年コルシカ島生まれ→1799年ブリュメール18日のクーデターで実権掌握→1804年皇帝に即位し第一帝政始まる→1815年ワーテルローの戦いで敗北→1821年セントヘレナ島で没する。
コルシカ島の少年から砲兵将校へ。1769年コルシカ島生まれ。比較的裕福ではないが向上心の強い家庭。フランス本土の士官学校で学ぶ。数学と砲兵の知識に優れた。若いころから強い野心を持っていた。年表:1769年コルシカ島生まれ→1779年ブリエンヌの士官学校に入学→1784年砲兵将校として任官→1785年若くして中尉に昇進。
フランス革命の混乱の中で一気に出世。フランス革命で身分制度が崩れ能力ある者が抜擢される時代へ(自由・平等・博愛)。砲兵のエキスパートとして才能と実績で昇進。1793年トゥーロン包囲戦で活躍(イギリス軍を追い出し若き砲兵将校として名を上げる)→1795年反乱鎮圧で政府を救う(パリの王党派の反乱を鎮圧し政府の信頼を勝ち取る)→1796〜1797年イタリア遠征で勝利(優れた戦略と機動力でオーストリア軍を破り次々と勝利を重ねる)→若き英雄として全国的に名を上げる。
エジプト遠征からブリュメール18日のクーデターへ。1798年エジプト遠征(軍事的には苦戦もあったが知名度は上昇)、国内政治の混乱(経済の不安定・対立する政治勢力・国民の不満)が続く中、1799年ブリュメール18日のクーデターを成功させ第一統領としてフランスの実権を握る。年表:1798年エジプト遠征開始→1799年初頭フランスへ帰国・支持を拡大→1799年11月9日ブリュメール18日のクーデター→1799年末第一統領に就任(新しい時代の始まり)。
戦争だけでなく国家の仕組みも作り変えた。行政制度を整える(県制を導入し中央集権的な統治を強化)、フランス銀行を設立(通貨と信用を安定化)、学校制度を整備(リセを設置し人材育成と教育水準を向上)、宗教対立をやわらげる(1801年コンコルダート(教皇との和約)で宗教の安定を図る)。1804年ナポレオン法典を制定:法の下の平等や私有財産の保護に影響し、現在の多くの国の民法の基礎となった。
1804年の戴冠とアウステルリッツの勝利。1804年皇帝に即位し第一帝政が始まる。1805年アウステルリッツの戦いでオーストリア・ロシア連合軍を相手に大勝利を収める。優れた統率と人材登用でヨーロッパ各地に影響力を広げ、家族や部下を各地の支配者に配置。年表:1804年皇帝に即位し第一帝政が始まる→1805年アウステルリッツの戦いで大勝利を収める→拡大(ヨーロッパ各地に影響力を広げ人材を各地の支配者に配置)。
大陸封鎖令と半島戦争が転機になる。イギリスに対抗するため大陸封鎖令を出しヨーロッパ経済に混乱が広がる。スペイン・ポルトガル方面で半島戦争が起こり各地で反ナポレオン感情が強まる。結果:イギリスとの貿易を断ち大陸の国々に協力を強制→貿易が停滞し物資不足・物価高騰が各地に波及→ゲリラ戦や長期戦でフランス軍が消耗→独立運動や維新が拡大しナポレオンへの不満が高まる→軍事・財政の負担が増し帝国の統制が揺らぎ始める。外への拡大が続くほど内側の支えは弱くなっていく。
1812年、巨大な軍隊は冬と補給に敗れた。1812年6月ナポレオンは約60万人の軍でロシアへ進軍。ロシア軍は後退しながら村や食料を焼き払う焦土作戦をとる。モスクワ入城後も決定的勝利が得られず、早い冬の到来と食料・毛皮・馬の飼料不足が致命的打撃をもたらす。壊滅的退却で生還者はわずかとなった。兵力推移:出発時約60万人→モスクワ入城時約10万人→撤退開始時約10万人→帰還者約2〜3万人。ここからナポレオンの没落が本格化する。
エルバ島脱出から百日天下へ。①失脚と流刑(1814年連合国に敗れて退位、エルバ島へ流される)→②復帰と百日天下(1815年フランスへ戻り百日天下を実現)→③最終決戦と最終流刑(ワーテルローの戦いで最終的に敗北、その後セントヘレナ島へ送られる)。年表:1814年連合国に敗北し退位→1815年フランスへ復帰し百日天下を実現→ワーテルローで敗北しセントヘレナ島へ送られる。
敗者で終わらない、現代にも残る大きな影響。ナポレオン法典は各国の法制度に影響した、行政・教育・軍制の改革を進めた、フランス革命の理念を一部広めた、一方で多くの戦争と犠牲も生んだ、英雄か独裁者か今も評価は分かれる。功績:法の整備と平等の原則、行政・教育の近代化、能力主義の推進、国境を越えた影響。問題点:多くの戦争と犠牲、強権的な統治体制、検閲や言論の制限、独裁への批判。歴史に残る理由:近代国家の基礎を築き制度や法律が今も生きている、ヨーロッパ全体に影響を与え世界史の転換点をつくった。