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フランス革命とは何か?
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歴史 / 近現代

フランス革命

編集部

1789年のフランス革命を、旧体制の矛盾から人権宣言・恐怖政治・ナポレオンへの展開まで10枚で体系的に解説。自由・平等・国民主権という近代社会の原理がいかに生まれ世界に広がったかを鮮やかに描く。現代の政治と市民社会の原点を知る絶好の歴史入門。

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01フランス革命とは何か?

02革命前夜のフランス

旧体制・身分制・財政危機・啓蒙思想を理解する。1789年以前のフランスは「旧体制(アンシャン・レジーム)」の下、身分制度が厳しく、税負担は不平等で、財政は深刻な危機に陥っていた。さらに啓蒙思想の広がりが旧体制への批判を強めていった。①第一身分 聖職者(教会は広大な土地を所有し、十分の一税などの特権的収入・税の免除と社会的影響力をもつ)、②第二身分 貴族(土地を所有し領主権を行使。高い社会的・政治的特権をもち多くの税を免除される)、③第三身分(平民・ブルジョワジー・農民・都市労働者など。人口の大多数を占め主に税負担を担う)、④財政危機と啓蒙思想(対外戦争の多発と巨額の借金・王室の浪費と食料価格の高騰。ルソーやモンテスキューの思想が自由・理性・権利の考えを広める)。旧体制→不満の拡大→三部会の召集。革命は、旧体制への不満が臨界点に達したところから始まった。

03革命の始まり

三部会からバスティーユ襲撃へ。1789年、財政危機を打開するため王は三部会を召集したが、投票方法をめぐる対立から第三身分は国民議会を結成した。やがて都市の民衆や農民を巻き込み、革命は国民的な運動へと広がる。①三部会の召集(1789年5月)(財政危機を解決するため国王ルイ16世がヴェルサイユに召集する)、②国民議会の成立(第三身分は他の身分が合流しない中、自らを「国民議会」と宣言する)、③球戯場の誓い(憲法が制定されるまで解散しないことを誓い、国籍を固める)、④バスティーユ(7月14日)(パリの民衆がバスティーユを攻撃。王権の象徴が崩れる大事件となる)、⑤大恐怖と封建的特権の廃止(農村の農民蜂起(大恐怖)を受け、8月の決定で封建的特権をすべて廃止する)。このスライドのポイント:三部会の限界・国民議会の誕生・民衆参加の拡大・王権への挑戦。1789年、政治改革の要求は市民革命へと一気に転じた。

04人権宣言と近代市民社会

自由・平等・国民主権の原理が形になる。1789年の「人権および市民権の宣言」は近代社会の新しい原理を明文化した。人は生まれながらに自由で平等であり、すべての権力は国民に由来することを宣言し、生まれや身分による特権をきっぱりと否定した。①自由(他者に害を与えない限り個人は自由に行動できる)、②法の前の平等(すべての人は法の前に平等であり身分による特権は認められない)、③国民主権(主権は王ではなく国民に属する)、④権利の保障(自由・財産・安全・および圧政に対する抵抗権利を保障する)、⑤法の支配(法律は代表者によって定められすべての人に適用される)。このスライドのポイント:人権の普遍化・身分制の否定・国民主権の明示・近代社会の原理。旧体制:特権と身分→近代社会:権利と市民。人権宣言は、近代市民社会の「共通ルール」を言葉にした。

05立憲君主制から共和政へ

王政の限界と共和国の成立。初期の改革が進められたものの王への信頼は深まらず、対外戦争や政治の対立が激化する中で王政は限界を迎え、フランスは立憲君主制から共和政へと歩みを進めた。①1791年憲法(立憲君主制を確立。王の権限を制限し、選挙で選ばれた議会が政治の中心に)、②ヴァレンヌ逃亡事件(1791年、国王一家が国外へ逃亡を図る。王への信頼が決定的に揺らぐ)、③対外戦争の開始(1792年、オーストリアとプロイセンに宣戦。戦争は危機を増幅し国内の対立を激化させる)、④王政の廃止(1792年)(パリ民衆の蜂起(8月10日事件)により王政は廃止。国王は拘束される)、⑤共和国の成立(国民公会が新たな政治を主導。フランスは共和政として新しい国家の道を歩み出す)。このスライドのポイント:改革と不信・王権の弱体化・戦争による急進化・共和政への転換。革命は、王を残す改革から「王なき政治」へ進んでいった。

06急進化と恐怖政治

ジャコバン派の時代と革命の光と影。対外戦争・国内の反乱・物価高騰と食料不足が重なり、革命はより急進的な段階へと進んだ。ジャコバン派と救国委員会が中心となり、共和国を守るために強力な統制と動員を進めた。①危機の時代(対外戦争・国内の反乱・インフレと食料不足が革命を追い詰めた)、②ジャコバン派とロベスピエール(ジャコバン派の指導層を強め、ロベスピエールを中心に強力な中央集権体制を構築)、③恐怖政治(革命裁判所による処刑・監視網の拡大・ギロチンは革命の「正義」の象徴に)、④総動員と統制(最高価格令・徴兵制度・食料配給により共和国の防衛を最優先)、⑤評価(革命を守るために必要な措置だったが自由や法の手続きは大きく損なわれた)。このスライドのポイント:革命の急進化・戦争と内乱・自由と統制の矛盾・功罪の両面。恐怖政治は、革命を守ろうとしながら革命の理想も傷つけた。

07民衆・女性・市民生活

革命を動かした人びとと新しい公共空間。フランス革命は指導者だけのものではなかった。都市の労働者や女性、パンフレットや新聞、政治クラブやカフェでの議論など、多くの人びとが新しい「公共の場」を形成し革命を大きく動かした。①サン・キュロット(パリの都市労働者・職人など。バスティーユ攻撃など革命的な政治的力を担った)、②女性の行進(ヴェルサイユへの女性の行進。政治参加と女性の歴史における革命的役割として記録された。オランプ・ド・グージュは女性の権利を主張し独自の宣言を発した)、③政治クラブと新聞(政治クラブ・パンフレット・新聞などが政治的議論と情報の共有を可能にした)、④市民生活の変化(革命によって日常生活も変化。祭典・新暦・公教育など新たな市民文化が生まれた)。このスライドのポイント:民衆の政治参加・女性の役割・世論の形成・革命の限界も見える。フランス革命は、政治を王や貴族だけのものではなくした。

08ナポレオンと革命の継承

革命の成果を制度化し、同時に独裁へと向かった。革命の混乱を経てナポレオンは権力を掌握した。彼は革命の一部の成果を守り制度として定着させヨーロッパに広めた一方で、権力を一身に集中させ共和主義の理想からは次第に離れていった。①ブリュメール18日のクーデタ(総裁政府を終わらせ統領(コンスル)政府を樹立へ)、②ナポレオン法典(法の下の平等・財産権の保護・個人的自由などを定め近代市民社会の秩序を確立した)、③行政・教育改革(中央集権的行政・リセの設立・フランス銀行の創設など)、④皇帝即位(1804年、皇帝に即位し権力を一手に集中。共和主義の理想からさらに離れた)、⑤ヨーロッパへの影響(改革や法制度を各地に広めた一方で、支配への反発が民族主義の高まりを生んだ)。このスライドのポイント:革命後の安定化・法と制度の整備・独裁化の進行・欧州への波及。ナポレオンは革命を終わらせると同時に、その成果を広げもした。

09世界への影響

自由・権利・国民国家の考えはどう広がったか。フランス革命で生まれた自由・平等・権利・憲法・国民主権の考え方は、ヨーロッパをはじめ世界各地に広がり、独立運動や憲法の策定・国民国家の形成、そして近代政治文化の発展に大きな影響を与えた。①ヨーロッパの革命運動(19世紀の自由主義・国民主義運動に大きな刺激を与えた)、②ラテンアメリカ独立(スペイン・ポルトガルの植民地での独立運動に間接的に影響)、③人権と憲法(人権宣言や市民権と法の下の平等が世界に広がった)、④国民国家の形成(「国民」を中心とした政治的共同体としての国家が広まった)、⑤近代政治文化(選挙・代議政治・普通選挙・政党政治など近代的な政治文化の基礎となった)。このスライドのポイント:革命思想の国際化・独立運動への刺激・人権と憲法の普及・国民国家の形成。フランス革命は、フランス一国の出来事を超えて近代世界の共通語となった。

10まとめ:フランス革命

近代市民社会の成立をふり返る。フランス革命は、特権を打ちこみ、権利を宣言し、市民の舞台を広げ、主権のかたちを根本から変えた。政治と社会の在り方を変えたこの革命は、現代の市民社会の礎となった。フランス革命の5つの要素:①旧体制の崩壊(封建的特権と絶対王政の終焉)、②市民と国民主権(政治の主体が王から国民・市民へ移行)、③人権宣言(自由・平等・権利・法の支配という普遍的原理を宣言)、④革命の課題(理想の裏で暴力・恐怖・独裁的な変化も生まれた)、⑤世界史への影響(近代の主要国家と市民社会の変革に影響を与え世界に広がった)。ひとことで言うと:フランス革命は、近代市民社会の原理を社会の表舞台に押し出した歴史的転換だった。押さえるべきポイント:自由・平等・人権・国民主権・市民社会。フランス革命を学ぶことは、現代の政治と市民社会の原点を知ること。