
初級5
幕末・日本史
幕末総論
編集部
約260年続いた江戸幕府が終わり、日本が近代国家へと生まれ変わった明治維新です。幕末の危機から倒幕・王政復古・戊辰戦争を経て、中央集権国家・四民平等・文明開化が推進されるまでの歴史的大変革を解説します。
1853年にペリー率いる黒船が来航し、開国を強いる通商要求がなされ、200年以上続いた鎖国体制が大きく揺らぎました。日米和親条約など不平等条約への不満が高まり、外来勢力への反発から攘夷運動が活発化して国内が動揺しました。黒船来航・不平等条約・幕府の対応失敗が、幕末動乱と近代化の始まりを生んだのです。
尊王攘夷運動が各地で広がる中、薩摩藩と長州藩が1866年に薩長同盟を結んで協力関係を築きました。1867年には徳川慶喜が大政奉還を実施し、幕府政治の終わりが近づきました。尊王攘夷の広まりから薩長同盟の成立、そして大政奉還へと、倒幕の流れが加速していきました。
1867年末に王政復古の大号令が発せられ、旧幕府勢力と新政府軍が対立しました。鳥羽・伏見の戦いから全国へ戦火が拡大し、最終的に新政府軍が有利となり各藩が降伏しました。1868年1月の鳥羽・伏見の戦いから5月の江戸開城、11月の函館・榎本武揚降伏へと至る戊辰戦争の経緯です。
1868年に五箇条の御誓文が発表され、新政府の基本方針が示されました。広く会議を開き意見を取り入れること、旧来の習慣を破り新しい政治を目指すこと、知識を世界に求め国家を発展させることが掲げられました。「和」「公」「進取」の精神のもと、国民とともに新しい時代を構築し世界に誇れる豊かな国家を目指しました。
1869年の版籍奉還で藩主が土地と人民を朝廷に返上し、1871年には廃藩置県が断行されました。全国の藩が廃止されて府県が設置され、中央政府が全国を直接統治するようになりました。藩体制から府県体制への移行は、中央政府が直接統治する近代国家への大きな一歩となりました。
明治政府は四民平等を進めて身分制度を見直し、土地に税をかける地租改正を実施しました。さらに国民兵役として徴兵令を導入し、社会の仕組みが近代国家へと変化しました。身分・税・軍制の改革により、すべての国民が国家の一員として立つ近代社会へと変化していきました。
洋服・鉄道・ガス灯などが広がり、西洋文明の生活様式が普及しました。1872年の学制発布によって全国に学校が作られ、教育が普及しました。新聞や郵便など新しい情報・通信手段も普及し、生活文化が大きく変化して衣食住・交通・都市が近代化しました。
明治政府は工場や官営事業を育成し、製糸・織物・造船などを中心に産業の基盤を築きました。鉄道・通信などのインフラを整備して人・物・情報の流れを促進し、軍隊の近代化を進めて国防力を強化しました。産業から交通・軍事へと国力強化の仕組みを整え、富国強兵を実現していきました。
今回は明治維新についてお伝えしました。江戸幕府から近代国家へと移行し、中央集権・近代制度の基盤が整いました。産業・教育・軍事の近代化が進む一方で、急速な変化による矛盾や負担も生まれました。明治維新は国のかたちを大きく変えた歴史的変革であり、現代日本の出発点となっています。