
初級3
幕末・戊辰戦争
鳥羽・伏見の戦い
編集部
1868〜1869年にわたる戊辰戦争は、新政府軍と旧幕府勢力が全国各地で激突した近代日本の出発点となった内戦です。鳥羽・伏見の戦いから江戸無血開城・東北・箱館の攻防まで、明治維新の実現を決定づけた戦争の全貌を10枚で解説していきます。
ペリー来航によって開国圧力が高まり、尊王攘夷・公武合体など政治対立が深まっていきました。1866年には薩長同盟が成立し、1867年には大政奉還、ついで王政復古が行われました。1853年のペリー来航から1866年の薩長同盟、そして1867年の大政奉還・王政復古へと、幕末の政治は急速に動いていきました。
1868年1月、京都南方の鳥羽・伏見で戦闘が始まりました。新政府軍は錦の御旗を掲げて朝廷の正統性を示し、旧幕府軍はこれに敗れて後退しました。この戦いを機に、戦争は全国へと広がっていきます。
戊辰戦争は短期間で戦場が京都から全国へと広がりました。まず鳥羽・伏見の戦いで新政府軍が旧幕府軍を破り、1868年4月には江戸城の無血開城が実現しました。続いて1868年8〜9月には会津藩が新政府軍と激戦を繰り広げました。さらに1869年4〜5月には旧幕府軍が箱館に拠って抵抗を続け、同年5月18日に榎本武揚ら旧幕府軍が降伏して戦争は終結しました。
戊辰戦争は、新しい時代を築こうとする勢力と旧来の秩序を守ろうとする勢力の全面対立でした。新政府軍は薩摩・長州・土佐・肥前を中心とし、朝廷の権威を背景に近代兵器と統一指揮で優位に立ちました。一方、旧幕府勢力は旧幕府軍・彰義隊・奥羽越列藩同盟・榎本武揚らで構成され、地域ごとの連携で抵抗しました。
西郷隆盛と勝海舟の交渉によって大規模な市街戦が回避され、1868年5月に江戸城は無血開城となりました。これにより江戸の人口と都市機能が守られ、政権移行が円滑に進みました。大都市の破壊を回避して新政府の安定を実現した、戊辰戦争における重要な転換点です。
東北諸藩は奥羽越列藩同盟を結成して新政府軍に対抗しました。会津藩は激しく抵抗し、会津若松城での攻防が続きました。白虎隊の悲劇でも知られるこの戦いは、1868年秋に会津が降伏して終結しました。会津戦争は、北日本における旧幕府勢力の抵抗の象徴とも言える戦いです。
榎本武揚ら旧幕府勢力は蝦夷地へ移動し、箱館政権をつくって最後の抵抗を続けました。1869年、新政府軍が勝利して五稜郭(現在の函館市)が降伏し、箱館戦争は終結しました。この戦いをもって戊辰戦争は幕を閉じ、新政府による全国支配が確立されました。
戊辰戦争の終結後、新政府は全国支配を確立しました。版籍奉還・廃藩置県によって中央集権化が進み、徴兵制・近代産業・教育制度など多くの近代化改革が実施されました。政府は中央集権化され、軍事は徴兵制に移行し、近代産業と教育制度が整備されていきました。明治国家の土台づくりが本格的に始まった時期です。
今回は戊辰戦争についてお伝えしました。幕末の対立が内戦化し、新政府軍が主要戦闘で勝利しました。江戸開城によって大規模な破壊が回避され、会津・箱館での抵抗を経て明治政府が成立しました。戊辰戦争は、武士の時代から近代国家への転換点となった歴史的な内戦です。