ホーム/哲学/キルケゴール『死に至る病』
キルケゴール『死に至る病』
0110
実存哲学・キリスト教倫理

キルケゴール『死に至る病』

『死に至る病』は、デンマークの哲学者キルケゴールが1849年に著した実存哲学の名著。「死に至る病」とは肉体の病ではなく、〈絶望〉という魂の病であり、自己との関係の崩壊を指す。絶望の三類型と信仰による回復の道を論じ、「本当の自分」とは何かを根本から問い直す。

本スライドは一次資料をもとに運営者が企画・監修し、AIツールを制作補助として活用したオリジナルの教養コンテンツです。
1012分中級4
INDEX
← →キーボードで移動
COMMENTS — 余白への書き込み

コメント

まだコメントがありません。最初のコメントを投稿してみましょう。
0 / 1000
TEXT — 本文

テキスト版で読む

01キルケゴール『死に至る病』

『死に至る病』は、デンマークの哲学者キルケゴールが1849年に著した実存哲学の名著です。「死に至る病」とは肉体の病ではなく、〈絶望〉という魂の病であり、自己との関係の崩壊を指します。このスライドでは、著者と作品の背景・『死に至る病』とは何か・人間の自己とは何か・絶望の諸形態など、10枚のスライドでわかりやすく解説していきます。

02著者と作品の背景

キルケゴール(1813〜1855)はデンマークの思想家で、孤独・不安・自己を問い続けた人物です。『死に至る病』は1849年の著作で、アンティ・クリマクスという名義で著され、キリスト教的観点から絶望を語り直した作品です。近代の合理主義を批判し、〈本当の自己〉とは何かを問い続けました。

03『死に至る病』とは何か

「死に至る病」とは肉体の病気ではなく、魂の病です。その正体は〈絶望〉であり、自己との関係が壊れ、神との関係もゆがむ状態を指します。生きているのに自分を生きられない状態、それが死に至る病の本質です。肉体の病は治療の対象ですが、絶望は自己の混乱として、生きながら苦しむものです。

04人間の自己とは何か

キルケゴールによれば、人間は「自己自身に関係する関係」として自己を捉えます。人間は複数の要素の関係で成り立ち、その関係が自分自身を意識したとき〈自己〉が生まれます。自己は有限と無限、可能性と必然性、時間的なものと永遠的なものという三つの対立軸の緊張の中にあり、神との関係の中で完成します。

05絶望① 自己に気づかない絶望

人は〈自己〉を持っていても、そのことに気づかずに生きることがあります。日常や世間に埋もれ、忙しさや習慣・同調の中で〈本当の自分〉が見えなくなってしまいます。一見ふつうに見えても、実は深い実存的な眠りの中にある——周囲に合わせ続け、自分の価値観を問わない状態です。

06絶望② 自分でありたくない絶望

自分自身を受け入れられず、逃避によって自己を否定していく絶望もあります。弱さや不安のために自分自身を引き受けたくなくなり、失敗・傷つき・責任から逃れようとします。〈こんな自分ではいたくない〉という自己拒否が深まり、劣等感から自分を隠し続けることで、絶望はさらに深くなります。

07絶望③ どうしても自分であろうとする絶望

神や他者を退け、自己だけに根拠を置こうとする絶望もあります。自分の力だけで自分を作り上げようとし、〈強い自己〉を絶対視しますが、その自己は閉じてしまいます。助けを拒み誇りだけで立とうとするような状態であり、開かれた自己が真理や他者との関係の中で育まれるのに対し、この絶望は自己を閉じ込めていきます。

08信仰による回復

絶望から〈本当の自己〉へと立ち返る道が、信仰です。キルケゴールは、自己が自分を立てた力である神において安らぐとき、真に自己となると説きます。自分の弱さも可能性も引き受け、神との関係において自己を受け直すとき、絶望を超えて真の自己として生きることができます。

09現代にどうつながるか

SNS時代の比較と自己喪失、キャリア不安の中での〈自分は何者か〉という問い、相手に合わせ続けて自分を見失う感覚——キルケゴールの思想は、現代人のアイデンティティ不安にも深く響きます。他人軸ではなく自分の内面を引き受けることの大切さは、今日にも通じています。

10まとめ

今回はキルケゴール『死に至る病』についてお伝えしました。〈死に至る病〉とは絶望であり、絶望は〈自己のゆがみ〉として現れます。絶望には気づかない絶望・自分でありたくない絶望・どうしても自分であろうとする絶望という複数の形があります。信仰によって真の自己へ回復することをキルケゴールは説きました。〈自分らしく生きる〉とは何かを根本から問い直した思想です。

この学びを保存しませんか?
無料登録でお気に入り・読了記録が使えます。Googleで30秒。
無料で登録詳しく見る →