
上級4
ミクロの世界の革命
1935年、アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンが提起した「量子力学は完全か?」という問いが、EPRパラドックスです。
量子論は1920年代に確立され、電子や光子の振る舞いを精密に予測できるようになりました。しかしアインシュタインはその解釈に違和感を覚えていました。古典的な直感では、物事はあらかじめ確定しており、遠くに瞬時の影響は届かないはずです。一方、量子力学では測定するまで値は確定せず、遠く離れた粒子が瞬時に相関します。アインシュタインはこの状況を受け入れられず、「理論はまだ完全ではないのでは」と考えたのです。
1つの源から、相関をもつ2粒子が反対方向へ飛ぶという設定です。中央の生成源で2粒子が同時に作られ、粒子Aは左へ、粒子Bは右へ進みます。この2粒子は量子もつれ状態にあり、離れていても測定結果には強い相関が現れます。ここではスピンや位置・運動量の相関を考えます。
EPRは局所性と実在性という2つの原則を守りたいと考えました。局所性とは、離れた場所への影響は光速を超えて伝わらないというものです。実在性とは、観測しなくても物理量には実在する値があるというものです。遠方への瞬時の作用は受け入れにくく、測る前から値がある方が自然に思えます。この立場を「局所実在論」と呼びます。
「乱さずに予測できるなら、そこには要素がある」というのがEPRの論証です。まず粒子Aを測定すると結果が分かります。その結果から、遠方の粒子Bの結果も高い精度で予測できます。しかもBには直接触れていません。ならばBには測定前から対応する値があったはずです。EPRの結論として、量子力学の波動関数だけでは完全ではない可能性があり、「隠れた変数」の存在を示唆しました。
量子力学では、測定前には値が確定していないという見方をします。粒子の状態は重ね合わせ(スーパーポジション)で表され、測定すると結果が1つに定まります。位置と運動量など、同時に完全確定できない量があり(不確定性原理)、位置を正確に知るほど運動量は不確かになります。すべての物理量に同時の確定値を与えることはできません。EPRの直感と量子力学の解釈は正面から衝突しました。
ニールス・ボーア(1885〜1962)は、測定の文脈そのものが記述の一部であると反論しました。ボーアの主張の核心は「相補性」です。何をどう測るかによって、取り出せる物理的記述が変わるというものです。EPRの見方では実在は独立して存在するとしますが、ボーアは測定の文脈に依存して記述が立ち上がると考えました。量子力学は「世界がどうであるか」だけでなく、「私たちがどう測るか」を含んでいるのです。
1964年、ジョン・ベルは局所的隠れた変数では量子相関を再現できないことを示しました。局所実在論の予測では|相関|≦2というベル不等式を満たす必要があります。一方、量子力学は|相関|≦2√2≈2.828という、局所境界を超える相関を予測します。EPRの議論は哲学的でしたが、ベルは実験可能な形にしたのです。論争は「実験で確かめられる問題」になりました。
多くの実験が量子力学の相関を支持してきました。1982年のアスペの実験では量子相関がベル不等式を破ることを確認し、2015年以降はループホールを大きく閉じた実験で量子力学への強力な支持が得られました。観測結果として、局所的隠れた変数だけでは説明しにくいことが示されています。応用として量子暗号・量子通信・量子コンピューター・量子情報科学などへの展開が進んでいます。
EPRパラドックスは、量子もつれを通じて「局所性・完全性・実在性」という根源的な問いを投げかけました。量子もつれは古典的直感を揺さぶり、離れていても相関が生じるという事実が私たちの常識を超えています。ベルの定理により問題は実験科学となり、「実験できない哲学の問い」から「実験で確かめられる科学」へと変わりました。量子パラドックスは、量子世界の不思議さを最も鮮やかに示す思考実験の1つです。今回はEPRパラドックスについてお伝えしました。