
初級2
古代ギリシャ哲学・同一性
テセウスの船
編集部
落雷で人物が消滅し、分子レベルで全く同じ複製が誕生したとき、それは「同じ人」なのか。ドナルド・デイヴィドソンが提唱したスワンプマンの思考実験は、身体・記憶・因果的連続性という同一性の複数の基準を鮮明に対比させます。人格・言語・心の哲学に深くつながる古典的な問いです。
落雷で人物が消滅し、分子レベルで全く同じ複製が誕生したとき、それは「同じ人」なのか。ドナルド・デイヴィドソンが提唱したスワンプマンの思考実験は、身体・記憶・因果的連続性という同一性の複数の基準を鮮明に対比させます。
ある人物が沼地を歩いていたところ、落雷を受けて消滅します。同時に、まるで偶然のように、分子レベルで全く同一の存在が沼から誕生します。この新しい存在——スワンプマン——は、元の人物と見た目も記憶も性格も完全に一致しています。見た目・記憶・性格がすべて一致しているにもかかわらず、元の人物はもはやこの世に存在しません。この条件のもとで、「あなたは同じあなたか?」という問いを問い直していきます。
元の人物とスワンプマンを比較すると、同じだと考えられる点がいくつかあります。外見・年齢・体格・声などの外的特徴、神経構造・機能配置・情報処理の状態である脳状態、過去の出来事・知識・経験の内容である記憶内容、さらに性格・価値観・意思決定の傾向も一致しています。一方で異なる可能性がある点として、自然発生か偶然の複製かという由来、元の人物と同じ時間軸を生きてきたかという時間的・因果的連続性、そして形成のプロセスや歴史的経緯という存在の成立過程が挙げられます。同じ「結果」に見えても、同じ「履歴」とは限らないのです。
この思考実験は「人が同じである条件」をあぶり出します。まず法的な観点では、スワンプマンは元の人物と同じ人物と見なされるのでしょうか。また道徳的な観点では、元の人物が過去に犯した行為への責任はスワンプマンに引き継がれるのでしょうか。さらに家族や友人の立場では、スワンプマンを同じ人として扱うべきなのでしょうか。そして最も根本的な問いとして、本人の「生」はそのまま続いているといえるのかが問われます。この思考実験は、同一性の基準が一つではないことを鮮やかに示しています。
身体的同一性の観点からは、スワンプマンは分子配置まで元の人物と完全に一致しています。外見や身体構造だけを見れば、二者を区別することはできません。しかし問題は、スワンプマンが元の人物と「継続して同じ身体」だったわけではないという点です。身体の一致は同一性の強い根拠となりますが、その身体が同じ経緯で形成されてきたわけではない——連続性の欠如が大きな問題として浮かび上がります。
心理的同一性の観点では、記憶・信念・欲求が同じなら同じ人といえるのかという問いが立てられます。スワンプマンは元の人物と同じ発言をし、同じ反応を示します。しかし問題は、その記憶が「実際に経験した記憶」なのかという点です。記憶の中身は一致していても、それが本人の経験に由来するかどうかは別の話です。心理的連続性を重視する立場では、スワンプマンを同一人物とみなす余地があります。一方で、記憶が本物の経験に根ざしていないという事実は、同一性に疑問を投げかけ続けます。
因果的由来の観点では、「どう生まれたか」は同一性の判断に無視できないという立場があります。元の人物は、幼少期の体験・学習と教育・人間関係・仕事と選択という、過去の経験の積み重ねによって現在の自分が形づくられてきました。一方スワンプマンには、そのような形成史が一切存在しません。雷による突然の出現で生まれたスワンプマンは、「同じ結果」の状態にあっても「同じ存在」とは限りません。因果的連続性を重視する立場では、両者は別人ということになります。
デイヴィドソンが特に重視したのは、言語と意味の問題への波及です。言葉の意味は、世界との因果的なつながりによって支えられているという見方があります。たとえばスワンプマンが「木」という言葉を発しても、それは元の人物が「木」を見て覚えた歴史的な因果関係に基づくものではありません。スワンプマンは同じ言葉を話しても、その成立史を持たないため、「本当に理解しているのか」という疑問が残ります。こうして同一性の問題は、言語哲学や心の哲学にも広がっていきます。
同一性の結論は、何を重視するかによって大きく分かれます。同一だと考える立場では、外見・記憶・行動が一致している点、実践上は区別できない点、心理的連続性を重視する立場から同一とみなします。一方、同一ではないと考える立場では、元の人物はすでに消滅しているという事実、因果的・歴史的連続性がないという点、そして理解や意味の成立にも疑問が残るという点から別人と判断します。結論は「どの基準を本人らしさの中心に置くか」によって変わります。
今回はスワンプマンと同一性問題についてお伝えしました。この思考実験が示すのは、同一性には身体・心理・因果という複数の基準があるという事実です。完全複製であっても、直ちに「同じ人」とは言い切れません。そしてこの問いは、自己とは何か、人格とは何か、言語の意味はどこに宿るのかという深い問いへと私たちを誘います。あなたは、スワンプマンを「本人」だと思いますか?