1950年代後半、都市化が進む中で見知らぬ他者への援助行動が社会的関心を集めるようになりました。1960年代初頭、社会心理学者ダーレーとラタネが体系的な研究を開始し、周囲の人数が援助行動にどう影響するかを探りました。この研究の背景にある有名な事件が、1964年のキティ・ジェノヴィーズ事件です。多くの目撃者がいながら誰も助けなかったこの事件が、援助行動研究への関心をさらに高めました。
ラタネとダーレーが行った「煙充満実験」では、参加者が部屋で質問紙に回答中に通気口から煙が入ってくる状況を設定しました。条件は3つで、1人条件では参加者が一人で煙に気づきます。3人条件では参加者が他の一般参加者と同室に置かれます。傍観モデル条件では、参加者が2人の無反応な協力者と同室に置かれます。他人が平然としていると「危険でない」と解釈しやすくなることが示されました。
煙充満実験の結果、煙を報告した割合は条件によって大きく異なりました。1人条件では75%が報告しましたが、3人条件では38%に下がり、無反応な2人と同席した条件ではわずか10%まで低下しました。周囲に人がいるほど報告率が下がり、特に無反応な他者がいると行動が大きく抑制されます。この現象は「多元的無知」と呼ばれ、周囲の様子を見て状況判断がゆがめられるメカニズムによるものです。
2つ目の「発作への援助実験」では、参加者が個室からインターホンで他の学生と討論に参加する設定で行われました。実験中に別室の学生が発作を起こしたような声を出し、参加者が援助・通報するかどうかを測定します。条件は2人条件・3人条件・6人条件の3パターンで、自分以外にも誰かが対応するだろうという思考が生まれやすい状況を作り出しています。
発作への援助実験の結果、すぐに援助した割合は2人条件で85%、3人条件で62%、6人条件では31%と、人数が増えるほど援助率が大きく下がることが示されました。また人数が増えると最初の行動までにかかる時間も長くなります。これは他者の存在が責任感を弱め、「誰かがやるだろう」という推測を生じさせるためです。責任の分散が援助を遅らせることが明確に示された結果です。
傍観者効果が起こる第一の原因が「責任の分散」です。1つの緊急事態に対して、周囲にいる人の数だけ責任が分散していきます。1人のときは「自分が助けなければ」と直感的に動きますが、集団では責任感が薄まり行動の発生率が下がります。その結果として援助開始が遅れ、「誰かがやるだろう」という思いが行動を妨げる原因となります。
傍観者効果が起こる第二の原因が「多元的無知」と「評価懸念」です。多元的無知とは、他の人が平静にしていると「大したことない」と解釈してしまう現象で、周囲の反応が状況判断の手がかりになります。評価懸念とは、早とちりや大げさだと思われることを恐れる心理です。この2つが重なると、異変に気づいても他人を見て危険でないと判断し行動しないという流れが生まれ、全員が同じように様子を見ると誰も動かない状態になります。
傍観者効果は、駅や街中での急病人、学校・職場でのいじめやハラスメント、オンライン上の誹謗中傷の傍観など、日常のさまざまな場面で起こります。この効果を減らす有効な対策として、まず特定の人を指名して助けを求めることが挙げられます。「あなた、119番をお願いします」のように役割を明確化することで責任の分散を防ぎやすくなります。さらに異変を見たらまず声をかけること、緊急時の対応を日頃から学んでおくことも重要です。
今回は傍観者効果実験についてお伝えしました。周囲に人が多いほど援助行動は起こりにくくなり、煙充満実験・発作援助実験がその傾向を実証しました。背景には責任の分散、多元的無知、評価懸念という3つのメカニズムがあります。緊急時には「誰か」ではなく「あなた」と具体的に指名することが有効です。人は状況に影響されます。だからこそ、意識して最初の一歩を踏み出すことが大切なのです。