家庭環境・兄の処刑・マルクス主義との出会い。1870年4月22日ロシアのシンビルスクに生まれ、知的な家庭で育った。兄アレクサンドルが皇帝暗殺計画に加わり処刑されたことが政治意識の大きな契機となった。サンクトペテルブルク大学で法律を学びながらマルクス主義を急速に吸収し違法下で運動に参加。亡命先の西ヨーロッパで「帝国主義」などを執筆しマルクス主義を発展させた理論家となった。個人的体験と知的探究が後の革命家レーニンを形づくった。
帝政ロシアの矛盾とボリシェヴィキの成長。社会の不満:過酷な労働条件と農民の搾取、少数の貴族・地主による権力と富の独占が社会の矛盾を拡大させた。1905年革命:血の日曜日(平和的な請願デモに軍が発砲)で民衆が蜂起したが改革は不十分に終わった。政党活動・亡命・ボリシェヴィキ形成:1900年にスイスで革命論文を広める新聞「イスクラ」を創刊し、ヨーロッパ各地に移住しながらボリシェヴィキ(多数派)を形成した。革命は突然起きたのではなく、長年の不満と組織化の積み重ねの中で準備された。
レーニン帰国後の方針転換。二月革命(1917年2月)で長期の戦争と政治的混乱によりニコライ2世が退位した。臨時政府成立(1917年3月)で国民代表・市民型の「臨時政府」と「ソビエト(評議会)」の二重権力が成立した。レーニン帰国(1917年4月3日)後、「すべての権力をソビエトへ」というスローガンのもとブルジョワ政府を認めず、戦争中断・土地再分配・権力をソビエトに移すという急進的な方針を打ち出した。四月テーゼは穏健改革ではなく社会主義革命へ進む方向を明確に示した。
ボリシェヴィキが権力を掌握。①軍事革命委員会の準備:10月10日レーニンの指導のもと武装蜂起の準備が進められた。②ペトログラードの要所掌握:10月24日赤衛軍が橋・印刷工場・鉄道・電話・電気などを掌握した。③臨時政府の倒壊:10月25日夜、冬宮(タウリデ宮殿)を包囲し臨時政府を逮捕・解散した。④第二回ソビエト大会で新政府を宣言した。指導者はレーニン。1917年11月(ロシア暦では10月)の出来事。十月革命は世界史上はじめて社会主義政権が成立する転換点となった。
建国の混乱と非常時体制。①ブレスト・リトフスク条約(1918年3月3日):ドイツと講和し土地の一部を奪われながらも戦争から離脱し内政に集中できるようにした。②赤軍vs白軍の内戦:新政権に反対する勢力と帝国主義(外国)軍との争いが1922年まで続いた。③戦時共産主義の実施:食糧強制徴発・国家直接管理を実施した。④反対勢力への強い弾圧:チェーカー(秘密警察)を設立して反対派を厳しく取り締まった。新政権は生き残るために強権的な政策をとり、その経験が後の体制に影響を与えた。
理想と現実のあいだで行われた修正。戦時共産主義の問題点:食糧徴発と国家統制中心で農民の生産意欲が低下し経済が疲弊・停滞。NEP(新経済政策)の内容:小規模な私的取引や自由市場を限定的に容認し、現物税(固定税)導入で農民の負担を軽減し、生産と流通を回復させた。ただし党の政治支配(一党独裁・思想統制)は維持し、政治の自由や複数政党は認めなかった。NEPは一時的な後退ではなく、政権維持と経済再建のための現実的選択だった。
マルクス主義をどう発展させたか。1.前衛党論:労働者階級の中から最も意識の高い革命家が集まる前衛党が必要だと主張。2.帝国主義論:資本主義は独占と金融資本の段階(帝国主義)に至り植民地支配と戦争を生むと分析。3.民主集中制:自由な討論を保障しつつ決定後は全員が一致して行動する組織原則。4.革命と国家の役割:プロレタリアートが国家権力を奪い一時的に「プロレタリアート独裁」を通じて社会主義への移行を進める。レーニンは理論家でもあり革命を実行するための組織論と国家論を強く打ち出した。
歴史的評価が分かれる理由。功績:帝政打倒(長年の専制政治であったロシア帝国を打倒し労働者と兵士の力で政権を奪取)。新国家建設(ソビエト評議会を基盤に労働者と農民のための国家建設を目指した)。反戦・土地改革の訴えで民衆の支持を獲得。社会主義革命の先駆者として世界の反植民地運動や左派運動に大きな影響を与えた。問題点:共産党の一党支配強化と多党制・民主政治の制限。チェーカーによる言論・反対派への弾圧。革命と階級闘争の名のもとに暴力を正当化。後のスターリン体制など独裁体制の基盤となった。レーニンは近代史を動かした一方で、自由や多元性を制限する体制の出発点にもなった。
レーニンをどう捉えるか。①革命家としての実行力:二月革命から十月革命へと導き理論と行動を融合させ信念で政権を掌握した。②理論家としての影響力:マルクス主義を発展させた理論は後の左派政治運動・社会主義政党・世界の社会主義運動に多大な影響を与えた。③ソ連建国の中心人物:十月革命を指揮しソビエト連邦の建国を主導した。④現代まで続く賛否両論:社会主義の理想を実現しようとした一方でその手法は独裁的で自由を抑圧したという批判も根強い。レーニンを学ぶことは20世紀の政治と革命の光と影を理解することにつながる。