
初級3
幕末の志士
坂本龍馬
坂本龍馬
1853年、ペリーの黒船が日本に来航し、江戸幕府は開国を迫られました。これにより武士や大名の間で不満が高まり、「幕府は日本を守れないのでは」という空気が広がっていきます。この黒船来航が幕末の混乱の始まりとなりました。
不平等条約への反発が高まり、「天皇を中心にすべき」という尊王攘夷運動が全国に広がりました。薩摩・長州藩などが力を持ち始め、幕府と有力藩の対立が深刻化していきます。幕府の権威は次第に揺らいでいきました。
もともと対立していた薩摩藩と長州藩でしたが、坂本龍馬らが仲介役となり1866年に薩長同盟が成立しました。幕府に対抗する強力な連合が誕生したことで、倒幕への流れが一気に加速します。
徳川慶喜が15代将軍となり、フランス式軍隊の導入など幕府の近代化を進めました。幕府を立て直そうと改革を重ねましたが、政治の混乱は止まらず倒幕派との対立が続きました。
薩長側の倒幕の動きが強まる中、戦争になれば幕府が不利になる可能性が高いと判断した慶喜は、徳川家を守る方法を模索しました。政治の主導権を朝廷へ返すことで武力衝突を避け、国の混乱を防ぐという判断が大政奉還の決断につながりました。
1867年、徳川慶喜が政権返上を申し出ました。これを「大政奉還」と呼びます。約260年続いた江戸幕府はこれにより終わりへと向かい、政治の中心が朝廷へ戻ることになりました。日本史における大きな転換点です。
大政奉還後も権力争いは続きました。薩長側は徳川勢力をさらに弱めようとし、王政復古の大号令が出されます。徳川側との対立が激化し、やがて戊辰戦争へと発展していきました。
今回は黒船来航から大政奉還までの流れをお伝えしました。大政奉還は江戸時代が終わるきっかけとなり、明治政府成立への第一歩となりました。武士中心の社会が変化し近代国家づくりが始まるという、日本史の大きな転換点として今も重要視されています。