
初級4
東洋思想・仏教
禅宗
編集部
「ただ坐ること」を最高の修行とし、日常のあらゆる営みを道とみなす曹洞宗についてご紹介します。鎌倉時代に道元が宋から持ち帰り、瑩山が全国へ広めたこの禅の宗派は、只管打坐・修証一等・身心脱落という独自の概念で知られています。このスライドでは、曹洞宗の歴史・道元—日本曹洞宗の開祖・瑩山紹瑾—中興の祖・曹洞宗の教えの核心など、10枚のスライドでわかりやすく解説していきます。
中国では唐代に洞山良价らが礎を築きました。日本へは1227年に道元が宋から帰国して伝え、1244年に永平寺を開きました。その後、瑩山紹瑾が總持寺を発展させ、在家・地方社会への布教を進めて全国に広めていきました。「道元が伝え、瑩山が広めた」というのが曹洞宗の歴史の要約です。
道元(どうげん、1200〜1253)は比叡山で学んだ後、宋へ渡航しました。如浄のもとで禅を深め、「身心脱落」の境地を得て帰国しました。主著に『正法眼蔵』『普勧坐禅儀』があります。坐禅を中心とした実践の道を日本に広め、鎌倉時代を代表する禅僧として後世に大きな影響を与えました。
瑩山紹瑾(けいざんじょうきん、1268〜1325)は道元の教えを受け継いで発展させ、總持寺の礎を築きました。在家や地方社会にも開かれた布教を行い、曹洞宗の大衆化に大きく貢献しました。道元が「曹洞宗の開祖」であるとすれば、瑩山は「中興の祖」と称される存在です。
「只管打坐(しかんたざ)」は、余計な考えにとらわれずただ坐ることに徹することを意味します。「修証一等」は修行そのものが悟りの表れであり、今この瞬間の実践がそのまま真理につながるという考え方です。「身心脱落」は執着やこだわりを離れ、あるがままの自己に還る在り方を指します。また「日常即修行」として、掃除・食事・仕事・対話——すべての営みが修行の場となります。
坐禅の基本的な方法についてご紹介します。まず静かな場所に坐り、背筋を伸ばして姿勢を整えます。あごを軽く引き、半眼で1〜2m先を見つめます。おへその下あたりに意識を向け、深く自然な呼吸を続けます。雑念が浮かんでも追わず、静かに手放します。坐骨で座布団を押して安定した土台をつくることが基本です。
曹洞宗は二大本山を持っています。永平寺(福井県)は道元が1244年に開いた大本山で、厳格な修行道場として知られています。總持寺(神奈川県横浜市)は瑩山の法系を象徴する大本山で、布教の広がりの中心となりました。この二つの寺院は曹洞宗の二つの柱を体現しています。
曹洞宗の修行は特別な場だけでなく、暮らし全体が修行の場となります。読経でお経を唱えて心を整え、坐禅で静かに座り心を見つめます。また作務(掃除・炊事・労働)も修行の一つであり、食事作法では感謝していただきながら心と体を整えます。一つ一つの所作を丁寧に、今この瞬間に集中して行うことが道となるのです。
曹洞宗と臨済宗の坐禅の方法を比べると、曹洞宗は「只管打坐(しかんたざ)」、臨済宗は「公案禅(こうあんぜん)」という違いがあります。修行の雰囲気も、曹洞宗は静かに坐ることを重視するのに対し、臨済宗は問答で鍛えるスタイルです。日常の継続を重んじる曹洞宗と、見性体験の契機を大切にする臨済宗——それぞれに特徴があります。
今回は曹洞宗についてお伝えしました。心を整える実践として坐禅が注目されるようになり、マインドフルネスにも通じる面があります。禅寺体験や坐禅会が各地で開かれ、忙しい時代に「ただ坐る」価値を問い直す動きも広まっています。曹洞宗は、坐禅と日常実践を重んじる禅の宗派として、現代においても多くの人に親しまれています。