
中級3
中国古代・正史
史記
司馬遷
前漢時代の歴史家・司馬遷は、父の遺志を受け継ぎ壮絶な試練を乗り越えながら中国最古の歴史書『史記』を完成させました。帝王から庶民まで幅広い人物を生き生きと描いた紀伝体の傑作は、2000年以上にわたって中国・東アジアの歴史と文学に深い影響を与え続けています。
紀元前145年頃に現在の陝西省・龍門に生まれた司馬遷は、20歳頃から中国各地を遊歴して地理・人物・伝承を調査しました。父・司馬談から歴史書完成の志を受け継いで前漢の武帝時代に太史令に就任しましたが、紀元前99年の李陵事件で宮刑に処されながらも執筆を続け、晩年に『史記』を完成させました。
父・司馬談は前漢の太史令として歴史書の編纂を志しながら未完のまま没しました。臨終の際に「歴史書を必ず完成させよ」と遺言を残し、司馬遷はその意志を受け継いで「命に懸けて成し遂げる」と誓いました。この父子の志の継承が『史記』誕生の原点となりました。
紀元前99年、将軍・李陵が匈奴に降伏した際に司馬遷は李陵を弁護したことで武帝の逆鱗に触れ投獄されました。死刑か宮刑(去勢)かの選択を迫られ、司馬遷は『史記』完成のために宮刑を選びました。この屈辱的な体験が「人固有一死、或重於泰山、或軽於鴻毛(人はいつか必ず死ぬ。泰山より重い死もあれば、鴻毛より軽い死もある)」という言葉を生みました。
『史記』は全130巻、約52万6500字の大著です。本紀(12巻・帝王の記録)・表(10巻・年表)・書(8巻・制度や文化・天文等の記録)・世家(30巻・諸侯の記録)・列伝(70巻・個人の伝記)という五つの部門で構成されています。この「紀伝体」という形式は後の正史編纂の標準となりました。
『史記』の魅力は四つの点にあります。まず黄帝などの伝説の王から漢の武帝まで約3,000年にわたる時代の広さがあります。次に帝王・軍人・政治家・学者・商人など多彩な人物を生き生きと描く豊かな人物描写があります。また会話やエピソードを取り入れたドラマのような物語性があり、さらに政治・経済・文化・思想・軍事を網羅する歴史の総合性があります。歴史を年表だけでなく人間ドラマとして描いた点が際立っています。
司馬遷は単に出来事を並べるだけでなく、人の動機や性格・盛衰の原因・個人と時代の関係を深く見つめて歴史の本質を探ろうとしました。英雄や凡人の行動・決断・性格に光を当てる「人物への注目」・国家や家の盛衰には必ず原因があると捉える「盛衰の因果」・史料を史実に基づいて確認する「史実への探究」という三つの視点を持っており、「歴史とは出来事の記録であると同時に人間理解でもある」という考え方が根底にあります。
「史記』には多彩な人物が登場します。勇猛にして情に厚く悲劇的な最期を遂げた楚の名将・項羽、民衆の支持を得て天下を統一して漢王朝を築いた劉邦、弟子との対話で思想と人間の理想を示した儒教の祖・孔子、王命を受けて秦王への刺殺を試みた燕の刺客・荊軻など、多様な人物伝が『史記』の魅力を高めています。
『史記』は後漢の『漢書』以降「二十四史」と呼ばれる中国の正史の基本形(紀伝体)となりました。東アジア全域に広く影響を与え、日本においても教育・文学・歴史書に深く影響を与えています。単なる歴史書を超えた文学作品としても高く評価されています。
今回は、司馬遷についてお伝えしました。李陵事件で宮刑という屈辱を受けながら歴史を書き続けるという使命を諦めなかった司馬遷は、人間を軸にドラマとして描く歴史観で『史記』を完成させました。太史令・李陵事件・宮刑・『史記』・紀伝体というキーワードとともに、中国の歴史書の基本形を確立して後世に長く影響を与え続けた偉大な歴史家です。