
中級14
現代思想・実存哲学
実存主義
編集部
サルトルが1945年の講演で示した「実存は本質に先立つ」という命題を軸に、自由・責任・自己欺瞞の概念をわかりやすく解説します。神なき時代に「どう生きるか」を主体的に問い直す、20世紀実存主義の核心に迫ります。このスライドでは、時代背景と問題意識・実存は本質に先立つ・自由と選択・自由は責任をともなうなど、10枚のスライドでわかりやすく解説していきます。
ジャン=ポール・サルトル(1905–1980)は20世紀フランスの哲学者です。1945年の講演「実存主義とは何か」で思想をわかりやすく表現しました。第二次世界大戦(1939–45年)後の混乱の中で、価値が崩れ「人はどう生きるか」が問われました。既成の答えに頼れない時代に、主体的選択の哲学が必要になったのです。1945年にサルトルがこの講演を行ったことで、実存主義は広く知られるようになりました。
道具は、つくられる前に目的や役割(本質)が決まっています。しかし人間には、生まれつき完成した役割は与えられていません。人はまず世界に存在し、その後の行為によって自分を形づくります。道具は「本質→実存」の順(目的・役割が決まってからつくられる)ですが、人間は「実存→本質」の順(先に存在し、あとから形づくられる)です。「人間は、先に生き、あとから自分の意味をつくる」——これが実存主義の出発点です。
人間は、つねに何らかの選択をして生きています。選ばないことや先延ばしにすることも、一つの選択です。環境や性格を理由にしても、完全には自由から逃れられません。サルトルはこの重さを「人間は自由の刑に処せられている」と表現しました。自由は可能性であると同時に、重い責任でもあります。
自分の選択は、自分だけの問題では終わりません。選ぶとき私たちは「人はこう生きるべきだ」という像も同時に示しています。そのため自由には、他者や社会への責任が含まれます。実存主義は、勝手気ままな主観主義ではなく、責任の思想でもあります。選択・普遍化・責任という流れで考えることが大切です。「人間は、まず存在し、そののちに自らをつくる」——その行為には他者への責任が伴います。
サルトルは実存主義を特徴づける3つの概念を示しました。不安とは、自分の選択が大きな重みをもつと知るときの感情です。見捨てられとは、神や絶対的な規範が最初から答えを与えてくれない状態を指します。絶望とは、自分が影響できる範囲に基づいて行動しようとする態度です。これらは悲観ではなく、現実を引き受けて行動するための出発点です。
人はときに、自分の自由を認めないようにしてしまいます。「性格だから仕方ない」「役割だからこうするしかない」と言い訳することがあります。こうした自由からの逃避を、サルトルは自己欺瞞(悪い信仰)と呼びました。「みんながそうしているから」「会社員だから本来はしない」といった日常的な言い訳がその例です。実存主義は、自分をごまかさず、自分を主体として選び取ることを求めます。自分をごまかすことは、自由から逃げることにほかなりません。
実存主義にはいくつかの批判がありますが、サルトルはそれぞれに反論しています。「悲観的すぎる」という批判に対しては、むしろ人間が行動で未来を切り開けることを示すと答えています。「主観的で何でもありになる」という批判に対しては、選択には他者への責任があり軽い相対主義ではないと応じています。「考えるだけで行動しない思想だ」という批判に対しては、人間は行為によってのみ定義されると反論しています。サルトルは実存主義を悲観ではなく実践の哲学として擁護しました。
人間には、あらかじめ決められた本質や人生の設計図がありません。だからこそ各人は、自分の行為によって自分をつくることができます。人間の尊厳は、自由を引き受けて実践することにあります。実存主義は絶望の思想ではなく、人間の可能性を重視する思想でもあります。「実存主義は、人間の自由と尊厳を引き受ける人間主義である」——これがサルトルの主張です。
今回はサルトル「実存主義とは何か」についてお伝えしました。実存は本質に先立ち、人間は自由であり、そのぶん責任を負います。言い訳ではなく、行為によって自分を形づくることが求められます。この思想は現代のキャリア選択、恋愛・人間関係、SNSでの自己表現、社会への参加など、さまざまな場面に深く関わっています。「あなたは、どんな選択で自分をつくっていくのか?」