弓なりの島々が東シナ海に連なり、中国大陸と日本列島の間に位置する。海上交通の中継地として朝鮮・明(中国)・台湾・八重山・宮古・九州・日本を結ぶ広域な交易ルートの要衝だった。
14世紀ごろ、沖縄本島は北山・中山・南山の三つの勢力(三山時代)に分かれていた。やがて中山が優位に立ち、北山・南山を次々と制圧して統一への道を開いた。
1400年頃から尚巴志が中山を基盤に勢力を拡大。1416年に北山、1429年に南山を滅ぼして沖縄本島を統一し、琉球王国を建国した。
国王を頂点に、王府・按司(地方領主)・役人が統治機構を構成した。首里城は政治と外交の中心で、中国との冊封関係を象徴する建築様式を持ち、王国の権威を内外に示した。
中国への朝貢を通じて国際的地位を得た琉球は、各地の品物を運ぶ中継貿易を担った。陶磁器・絹織物・香辛料・宝飾品などを扱い、海上交易が王国の富の源となった。琉球は東アジア交流のハブとして機能した。
中国・日本・南方文化が混ざり合った独自の文化が花開いた。琉球舞踊・紅型(びんがた)・三線(さんしん)などの芸能や工芸が発達し、ノロなどの信仰を担う存在がいた。独自の言葉や風習が今日まで受け継がれている。
1609年に薩摩藩が琉球へ侵攻し、以後実質的に薩摩の支配下に置かれた。一方で中国への朝貢も続け、年貢の徴収・役人の派遣など政治的統制を受けながら、日本と中国の間で独特の二重の従属関係に置かれた。
19世紀後半、明治政府は琉球を再編しようとした。1872年に琉球藩、1879年に沖縄県が設置され(琉球処分)、琉球王国はここで幕を閉じた。独立した王国は日本の一県へと編入された。
文化:海を通じた交流の歴史を示した。外交:独自文化は今の沖縄にも生きている。貿易:東アジアの結節点として重要だった。小さな島々から広い世界へつながった王国の歴史を学ぶことで沖縄への理解が深まる。