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野口英世とは?
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逆境を乗り越えた世界的細菌学者

野口英世

編集部

福島に生まれ、幼少期の大やけどという逆境を乗り越え、独学で医師となり世界へ。ロックフェラー研究所で感染症研究に取り組み、アフリカで黄熱病研究中に命を落とした野口英世。逆境に負けず世界に挑んだその生き方は今も多くの人を励まし続けています。

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01野口英世とは?

02幼少期と大やけど

1876年、福島県猪苗代町で生まれた。1歳ごろ、囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負った。家は貧しく、苦労の多い子ども時代だった。それでも学ぶ意欲を失わなかった。「どんな苦しみの中にも、未来を切りひらく力がある」

03学問への道

左手の手術をしてくれた医師に感動した。「自分も人を助ける仕事がしたい」と考えるようになった。勉強を重ね、上京して本格的に医学を学んだ。苦学しながら夢に近づいていった。手の治療が人生の進路を変えた転機となった。

04医師資格と研究者への一歩

1897年に医術開業試験に合格した。医師として働く一方、細菌学や研究にも強い関心をもった。北里柴三郎の影響を受け、研究者を目指した。病気の原因を科学的に解明したいと考えた。

05アメリカへ渡る

1900年ごろアメリカへ渡り、研究の場を広げた。語学や文化の違いを乗りこえて活躍した。ロックフェラー医学研究所などで活躍した。国際的な研究者として知られるようになった。「人は、強く生きなければならない」

06どんな研究をしたの?

梅毒や黄熱病など、感染症に関する研究で知られる。顕微鏡や実験を重ねて病気の原因を探った。当時としては最先端の細菌学で挑戦した。一部の研究は後に見直されたものもある。功績:感染症研究を前進させた。注意:後の時代に再検討された研究もある。

07世界を舞台に活動

中央アメリカや南アメリカ、アフリカなどでも調査を行った。感染症の実態を現地で調べた。危険な環境でも人々のために研究を続けた。行動力のある研究者として知られた。活動の特徴:現地に行く、自分で確かめる、世界規模で行動する。「人のために尽くすことを、私は一生の仕事としたい」

08アフリカでの最期

1928年、黄熱病を研究するためアフリカへ渡った。現在のガーナ周辺で調査を続けた。研究中に自ら黄熱病にかかり、亡くなった。52歳で生涯を終えたが、その気概は人々に強い印象を残した。「人間は弱いからこそ、努力する価値がある」

09なぜ今も有名なのか?

逆境を乗りこえて世界的研究者になったから。医学の発展に大きな刺激を与えたから。あきらめずに挑戦する姿が多くの人を励ますから。かつて千円札の肖像にも選ばれ、広く知られてきた。私たちが学べること:努力を続ける、世界に挑戦する、人の役に立つ。

10まとめ

1876年福島県に生まれ、幼少期に左手に大やけどを負い、1897年に医師資格を得て、1900年ごろアメリカへ渡り、1928年アフリカで死去。逆境を越えた努力の人(大やけどや貧しさを乗り越え、あきらめずに努力を続けた)。世界で活躍した研究者(アメリカで研究に励み、黄熱病など多くの研究に従事)。今も学ばれる生き方(命をかけて人々のために尽くした生き方は今も多くの人の心に残る)。努力と挑戦が人生を切りひらく。