
初級3
社会心理学
ステレオタイプと偏見の心理学
編集部
1968年、アメリカの教師ジェーン・エリオットが小学校で行った有名な授業実験。目の色でクラスを二分し、差別と優遇を体験させることで、偏見がいかに簡単に生まれ、人の行動や感情を変えるかを示しました。偏見と差別の本質を、体験から学ぶ心理学の古典的実験です。
1968年、アメリカの教師ジェーン・エリオットが小学校で行った有名な授業実験。
1968年、アメリカの小学校教師ジェーン・エリオットが行った授業です。マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された直後、社会全体が大きく揺れていた時代でした。エリオット教師は、子どもたちに「差別とはどのようなものか」を体験的に理解させるために、この実験を行いました。この実験は、差別を「知る」ことから「なくす」ことへの第一歩となりました。
教師は、児童の目の色(青い目・茶色い目)でクラスを2つのグループに分けました。そのうち片方のグループを、教師がクラスの前で「優れているグループ」と宣言しました。青い目のグループには先に遊びに出られる・前の列に座れるといった特権が与えられ、茶色い目のグループは後ろの列に座り、多くの制限を受けました。児童は、目の色という理由だけでちがう扱いを受けることになり、この違いが子どもたちの気持ちや行動に大きな影響を与えました。
優遇されたグループは自信を持ち始め、「自分たちは特別だ」という態度を示すようになりました。一方、不利なグループは萎縮し、「どうせ自分たちはだめだ」という態度が増えていきました。表情にも違いが生まれ、優遇側は笑顔が見られた一方、不利な側はうつむきがちになりました。学習への影響も顕著で、優遇側は授業に意欲的に参加できたのに対し、不利な側は成績が下がり、質問も少なくなりました。たった1日で、見えない「レッテル」が子どもたちの心と行動を大きく変え始めたのです。
優位とされた側はテストや課題にも積極的になりました。「期待されている」と感じることで意欲や集中力が高まり、成績も向上しました。劣位とされた側は自信を失い、「どうせできない」と感じて消極的になり、集中力や成績が低下しました。わずかな時間の扱いの違いでも、行動や気持ち、成績に明確な差が生まれるという、短時間における偏見の影響の大きさが示されました。立場の違いが行動と成績の両方に大きく影響することが、はっきりと示されたのです。
翌日は、優遇されていたグループと不利な扱いを受けていたグループの立場を入れ替えました。すると子どもたちの反応は前日と逆になり、青い目のグループは泣いたり悲しんだり、「なぜ自分が?」という声を上げました。一方、茶色い目のグループは前日の自分たちの気持ちに共感し、前日ほど優遇グループをいじめるような行動は取りませんでした。立場が変わることで感じ方や行動が大きく変わることを体験から学び、差別される側の苦しさを子どもたちは身をもって理解しました。
目の色という理由だけで役割や扱いが変わり、不公平が生まれることを体験から学びました。また、仲間はずれにされたり悪口を言われたりするつらさや悲しさを、身をもって感じました。さらに、相手の気持ちを想像し思いやることで、よりよい関係をつくれることも学びました。思いやりと協力で、みんなが安心して過ごせる社会をつくることが大切だと学んだのです。
ジェーン・エリオットの授業は、教室をこえて社会へ広がりました。反差別教育の象徴的事例として広く知られるようになり、人は「違い」だけで相手を評価することがあるという現実を多くの人が実感できるようになりました。ドキュメンタリー番組や学術研究の場でも紹介され、子どもたちの実験の様子が世界的に知られるようになりました。「違い」を理由に人を分けるのではなく、一人ひとりを大切にする社会の大切さを、この授業は世界に伝え続けています。
この実験は人権差別の不条理さを示す一方で、倫理的・教育的な議論も求められています。意義としては、共感や多様性への気づきを促し、差別の仕組みを体験から理解するきっかけになるという点が挙げられます。一方、子どもたちに心理的負担をかける可能性があり、差別を体験させることが子どもの自己概念の形成に影響を与えることも懸念されます。現在の心理学的・倫理的な観点からは、同じ形式の実験を新たに行うことは許容されないとされており、実験の意義を学びながらも冷静に評価する視点が求められています。
今回は青い目・茶色い目実験についてお伝えしました。まず、偏見は些細な違いからでも作られ、見た目や思い込みなどの小さな違いが「特別扱い」や「避ける行動」を生み出します。また、立場の違いは感情や行動に大きく影響し、優遇される側は安心や自信を持ちやすく、不利な側は不安や怒り、あきらめを感じやすくなります。そして、差別をなくすには想像力と共感が重要で、相手の気持ちを想像し立場を超えて理解し合うことで、公平で思いやりのある社会をつくることができます。