1736年、スコットランドのグリーノックに生まれる。幼いころから数学・工作・計測器に関心を持った。ロンドンで計器職人の技術を学び、その後グラスゴー大学で精密機械の修理・製作に関わった。
ワット以前にもニューコメン蒸気機関が使われていた。主に炭鉱の排水に使われたが、熱の無駄が大きかった。毎回シリンダーを冷やしてしまうため、燃料を多く消費した。課題:低効率・高燃費・用途が限定的。
蒸気を冷やす場所をシリンダー本体とは別にした。シリンダーを高温のまま保てるため、熱の損失が減った。その結果、燃料消費が大きく減り、効率が向上した。1769年に特許を取得した。
改良により蒸気機関は工場の動力として使いやすくなった。往復運動を回転運動へつなぎ、機械を連続的に動かせるようになった。動力の大きさを説明するため「馬力」という考え方を広めた。
1775年、実業家マシュー・ボールトンと提携した。ワットの技術とボールトンの資金・工場経営が結びついた。Boulton & Watt社は改良蒸気機関を各地に広めた。発明×事業化=蒸気機関の世界的普及。
蒸気動力が工場生産を安定させ、生産量を大きく伸ばした。繊維・製鉄・鉱業など多くの産業で利用が拡大した。人力・水力に頼らない生産体制を広げ、産業革命を後押しした。キーワード:大量生産・工場制機械工業・産業革命。
ワットは改良技術について特許を取得し、権利を守った。特許期間の延長は事業の安定と投資回収に役立った。一方で、他の技術者との競争や議論も生まれた。特許は発明への動機と競争制限の両面をもつ。
現在でも電力や機械の世界で、仕事率の単位「ワット(W)」に名が残る。後は「蒸気機関の発明者」というより「改良者・実用化の推進者」として重要である。技術革新と事業化の融合が社会を変えることを示した。単位 W=Watt。
ワットは蒸気機関を大きく改良した。分離凝縮器が高効率化のカギだった。ボールトンとの協力で蒸気機関が社会に広まった。産業革命を支え、現代の技術社会にも影響を残した。ジェームズ・ワットは発明そのものよりも「改良と実用化」の力で歴史を動かした。