
中級11
ルネサンス・政治哲学
君主論
ニッコロ・マキャヴェリ
『リヴァイアサン』は、17世紀イングランドの政治哲学者トマス・ホッブズが著した近代政治哲学の古典です。人間がどのにして混乱(無秩序)から抜け出し、秩序ある社会をつくるかを問い、国家・社会契約・主権者の必要性を論じています。自然状態・社会契約・主権者という三つの概念を通じて、政治権力の正統性を理性的に説明しようとした画期的な書です。
17世紀イングランドは王権と議会・宗教の対立が深まり、政治が激しく不安定な時代でした。イングランド内戦では王と議会の対立が武力衝突に発展し、暴力と混乱が日常となりました。ホッブズはこうした状況を目の当たりにして、「なぜ人は互いに争うのか」「どうすれば秩序を回復できるか」という問いを追求し、強力な主権を持つ国家の必要性を論じました。
ホッブズは国家や共通の権力が存在しないときの人間の状態を「自然状態」として描きました。共通の権威がないため互いに信用できず、利害がぶつかり合い、暴力や混乱が生じやすくなります。これは原始のジャングルのような生物学的な状況の話ではなく、政治的秩序が失われたときに何が起こるかを示す思考実験です。
自然状態では誰もが他者を恐れ疑い、先に自分を守ろうとするため、争いが常態化するとホッブズは考えました。「万人の万人に対する闘争」とは、平和の保証がなくいつでも暴力に訴えられる状態のことです。競争(利得の争奪)・不信(相手の意図を信用できない)・名誉(軽蔑への反発)の三つが争いの主な原因だとされています。
ホッブズにとって人間はまず自分の命を守ろうとする存在であり、これを「自己保存」の欲求と呼びます。また人間は生まれながらにして自己保存に必要なあらゆる手段をとる「自然権」を持ちます。理性はこの終わりのない争いが危険であることを認識し、平和を求めるほうが自己保存にかなうと判断します。この理性による気づきが社会契約の出発点となります。
人々は互いに約束し、自分の力の一部を共通の権力(主権者)へ委ねることで平和な社会をつくります。これを「社会契約」といいます。人々は暴力をふるう自由などを手放す代わりに安全を得て、その委ねた権力を「主権者」が担います。契約の目的は平和で安全な社会を実現し、予測可能なルールのもとで生活できるようにすることです。
契約によって成立する強い主権者こそが、争いを抑え法と秩序を保つ中心となります。ホッブズは国家を旧約聖書の巨大怪物「リヴァイアサン」にたとえ、圧倒的な権力によって人々の安全を守る存在として描きました。主権者は法をつくり、政策を決め、国を守る権限を持ちますが、その正統性は人々の契約から来ているという点が重要です。
ホッブズは自由より秩序を優先したように見えますが、実は秩序こそが人間の自由を可能にすると考えました。ホッブズにとって自由とは「法によって禁止されていないことを行う自由」です。秩序がなければ互いに恐れ争い続け安心して行動できませんが、主権者による安定した秩序のもとでこそ、人々は自由に活動できるのです。
『リヴァイアサン』は強い国家を擁護した一方で、権力の集中や個人の自由の軽視という批判を受けました。特にロックは自然状態をより穏やかに見て制限された政府を支持し、社会契約論の中でホッブズと大きく異なる方向性を示しました。しかしホッブズの問題提起——なぜ国家が必要か・政治権力の正統性はどこにあるか——は近代政治哲学の根幹をなし、今も重要な問いとして生き続けています。
今回は、ホッブズの『リヴァイアサン』についてお伝えしました。本書は自然状態・万人の闘争・自己保存・社会契約・主権者という概念を通じて、国家と法と秩序の必要性を体系的に説明した近代政治哲学の古典です。安全保障の重要性・法による秩序の意義・自由と秩序の関係という問いは、現代社会においても深い示唆を与え続けています。