
中級2
20世紀政治思想
全体主義の起源
ハンナ・アーレント
全体主義・悪の凡庸さ・公共性——ハンナ・アーレントは、ナチズムとスターリニズムの体験から20世紀最大の政治的問いに挑みました。自由とは何か、思考しないことがいかに悪を生むのか、深く問い直した思想家です。このスライドでは、生涯と時代背景・全体主義とは何か・人間の条件と活動的生・公共性と複数性など、10枚のスライドでわかりやすく解説していきます。
アーレントの思想は、亡命・戦争・全体主義の体験と切り離せません。1906年にハノーファーで生まれ、1920年代にハイデガーとヤスパースに学びました。1933年のナチ政権成立後にドイツを離れ、1941年にアメリカへ亡命します。1951年には『全体主義の起源』を刊行し、1975年に死去しました。ユダヤ系知識人として迫害を経験したアーレントは、20世紀の危機を理論化した思想家です。
アーレントは、ナチズムとスターリニズムを単なる独裁ではなく、社会全体を支配する新しい体制として捉えました。その特徴として、まずイデオロギーの絶対化があり、テロによる支配が行われます。また大衆の孤立と原子化が進み、宣伝と虚構が使われ、国家が運動として機能します。独裁が反対派を抑圧するのに対し、全体主義は社会全体を全面的に動員・支配する点が異なります。これらは主著『全体主義の起源』で体系化されています。
アーレントは人間の営みを、労働・仕事・活動の3つに整理しました。労働とは生存を維持する反復的な営みで、仕事は人工物や制度をつくる営みです。そして活動とは、他者と語り、政治的に世界を開く営みを指します。アーレントが最も重視したのは活動であり、そこにこそ自由が現れると考えました。これらは主著『人間の条件』(1958年)で論じられています。
政治とは、同じではない人々が共通の世界をつくる営みです。まず複数性として、人は皆それぞれ異なる存在であることが前提となります。公共空間とは言葉と行為が現れる場所であり、共通世界は私的利益を超えて共有される現実です。そして自由とは、他者の前で行為することによって初めて現れるものです。つまり自由は孤立の中ではなく、人々のあいだにこそ現れるとアーレントは考えました。
アイヒマン裁判を傍聴したアーレントは、「巨大な悪」がしばしば思考停止した普通の人によって実行されると論じました。悪を行う者は怪物ではなく、命令に従う官僚的思考の持ち主です。思考しないことが責任の空白を生み、「凡庸さ」とは「小さい」という意味ではなく「あふれてこぼれる」という意味です。アーレントは悪を軽視したのではなく、現代社会における悪の発生条件を示しました。これらは主著『エルサレムのアイヒマン』(1963年)で論じられています。
アーレントにとって革命の核心は、抑圧の打倒だけでなく、自由を持続させる政治空間を創設することにありました。アメリカ革命は建国と制度づくりを通じて公共的自由を持続させ、評議会的参加への関心が生まれました。一方フランス革命では貧困問題が前景化し、社会問題の圧力により自由の制度化が難航しました。自由は一瞬の解放ではなく、参加できる制度によって守られるとアーレントは考えました。これは著作「革命について」(1963年)で展開されています。
政治は意見の争いの場ですが、事実そのものが壊されると公共世界も崩れます。事実的真理とは起きた出来事そのものであり、意見はその事実をどう解釈するかです。プロパガンダや偽情報によって虚偽が事実を置き換えると、共通世界が消えてしまう危機が生じます。これはSNS時代のフェイクニュース・分断・情報操作を考えるヒントにもなります。論文「真理と政治」などで展開されています。
アーレント思想を理解する入口となる主要著作を紹介します。まず『全体主義の起源』では20世紀の支配の構造が論じられています。また『人間の条件』では労働・仕事・活動が、『革命について』では自由と制度の創設が扱われています。さらに『エルサレムのアイヒマン』では悪の凡庸さが展開されています。重要キーワードとして全体主義・公共性・複数性・活動的生・思考・責任が挙げられます。
アーレントの思想は、民主主義の危機・情報社会・責任の問題を考えるうえで今なお有効です。孤立と分断が進むと公共性が損なわれ、「命令だから」という言葉では責任は消えません。情報社会においては事実と言葉の境界を守る必要があり、自由は傍観者ではなく参加によって保たれます。今回はハンナ・アーレントの政治思想についてお伝えしました。